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  04 ,2017

団塊世代・あらいぐまの自転車日本一周挑戦記


プロフィール

あらいぐま

Author:あらいぐま
団塊あらいぐまの自転車日本一周挑戦記。ただ今、世界へも足を伸ばし中。

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08

Category: 佐賀逍遙。’11.7.4~5

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2011.7.8 自転車が帰ってきた。
7月8日。今日は定期検診に行ってきた。2つの病院に通うのは面倒なので、ここは今日が最後になり、次回からはもうひとつの病院に1本化する予定。理由をよく分かってくれた担当医は快く全データをプリントアウトし、紹介状を書いてくれた。食事に注意した成果か、数値には若干の改善が見られた。もう8年も診てくれていた医師に名残惜しいものを感じたが「お世話になりました」と礼を言って去ってきた。
そして帰宅すると間もなく「ピンポン」と玄関のチャイムが鳴る。6日に佐賀で送り出した自転車が帰ってきた。ヤマト運輸とJCAが作成した「サイクル宅急便」だ。このシステムを利用すれば佐賀から3130円で自転車を送ることができる。何度か利用したが、宅配便の担当者は自転車を大切に扱ってくれるし、ひとつの問題も起きていない。それは、こんな気遣いにあるのかも・・・。
※こんなタグを付けて自転車は帰ってくるのだ。
IMG.jpg

こうして佐賀の旅は終えた。合唱漬けだった数ヶ月にピリオドが打て、心身ともにとても解放された旅だった。
なかなか食べられなかった「そうめん」は6日に佐賀駅ビル内のうどん店で食べることができた。スキッパーさんが太鼓判を押すだけのことはあったことを書き添えて、この旅の締めくくりとしよう。
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05

Category: 佐賀逍遙。’11.7.4~5

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2011.7.5 佐賀の素敵に触れた一日。
昨晩はぐっすり眠り、6時過ぎ起床。どうやら二日酔いも残っていない。身支度整え、6時半、1階の朝食カウンターへ。おにぎりやパンや、選べるメニューが嬉しい。2杯のコーヒーですっきり目覚め、部屋に戻って出かける準備。今日はまず、ラジオ佐賀のインタビューを受けることになっている。これは、昨日会った方々の一人が取りはからってくれたもので、番組スタッフが「それは面白い」と採用になったのだ。
近くの公園で9時の待ち合わせだが、8時半過ぎには現地着。目立つ車(と言われていた)を探すと、目の前にそれが走って来るではないか!四方山話とごっちゃになった打合せをして9:35のオンエア時間を待つ。生放送なのでちょっと緊張も。しかし、時間になれば5分間はアッという間。最後は放送局にいるメインのキャスターとおしゃべりして生出演は終わった。この模様はあとでCDにして送って頂けることになったので楽しみだ。
※終了後、ふたりのレポーターの方々とラジオカーの前で。
DSCN0090.jpg
さて楽しい時間を過ごして10時、次の目的地である吉野ヶ里歴史公園目指して出発。ルートは昨日の続きの34号線を走るという単純なもの。約1時間の後、私は2100年前の空間に立っていた。解説ヴィデオによれば、工場団地として開発される予定だったこの地に遺跡が発見され、工事は中断。発掘作業が進むほどにその大きさがわかり、最終的に今は公園として公開されることになったらしい。その内容をホームページから引用すると・・・
弥生時代の遺跡の中でも吉野ヶ里遺跡は、佐賀県神埼郡の旧神埼(かんざき)町・旧三田川(みたがわ)町・旧東脊振(ひがしせふり)村の3つの町村にまたがった我が国最大の遺跡で、弥生時代における「クニ」の中心的な集落の全貌や、弥生時代600年間の移り変わりを知ることができ、日本の古代の歴史を解き明かす上で極めて貴重な資料や情報が集まっています。
これらは日本の様子を記した最古の記録である魏志倭人伝に出てくる「邪馬台国」の時代を彷彿とさせるもので国の特別史跡にも指定されています。
・・・と言うことらしい。私も係の方に「邪馬台国説もありますよね?」と訊いてみたが、彼の答えは「そうらしいですね」。どうやらここを邪馬台国と見る人は少ないようだ。
※私が15年前に見た展示はその後取り壊され、現在の形は平成13年に完成したものだそうだ。
DSCN0105.jpg
次に私が向かったのは下村湖人の生家である。彼の代表作「次郎物語」は私の座右の書とも言うべきもので、彼が晩年を過ごした小金井の浴恩館は何度か訪れている。が、佐賀に来て地図をじっくり眺め、そこに「下村湖人生家」の文字を発見するまで生家が佐賀にあることを失念していた。古くからの知人に再会する気分で延々と田んぼの続く道を走る。本当に気持ちのいい田園地帯だった。
※田植えが終わり、しっかりとした苗が育っていた。
DSCN0114.jpg
そしてたどり着いた下村湖人の生家。彼は15歳くらいまでをこの家で過ごしたらしいと館長さんが親切に説明してくれた。そして「次郎物語」が映画化された時の主題歌(作詞はさだまさし、曲はスメタナの「モルダウ」)やテレビ化された時にぺぎー葉山が歌った主題歌などを嬉しそうに歌ってくれた。どちらも湖人の思想がうまく反映されたよい歌だった。(ホテルに帰ってからyoutubeで探したら見つかった!)
※湖人生家。堂々とした外観。内部は往事のままで生活感ただよう。
DSCN0120.jpg
※湖人の思想「白鳥入葦花」の石碑。隣に立つのは館長さん。
DSCN0130.jpg
さて、お腹がへってきて、ラジオのレポーターが「神崎はそうめんの産地。美味しいからぜひ食べてみてください」と言っていたのを思い出し、館長にどこか食べれるところはないか図々しく尋ねてみた。館長はじっと考え、ある料亭を教えてくれたので、私はそこへ走った。で、問うと「そうめんはやっていない」とのこと。がっかりしている私に女将が言う「冷たいうどんで良ければできるけれど、それでもいい?」空腹の私に異論があるはずがない。好意に甘え、待つことしばし。出てきたのはこんな「うどん」だった。
DSCN0133.jpg
どう見ても「茶そば」ではないですか?そう問うと「わかめを練り込んだうどんです。美味しいから食べてみて」という。そして食べて驚いた。しっかりとわかめの味がする絶品のうどんだった。ご飯半分と漬け物、茹で玉子が着いて600円!館長と女将の好意に感謝しつつ料亭を去った。胃袋は大満足していた。
時間は2時45分を回っていた。仕事関連のメールも来ていることが分かったので、柳川はパスして佐賀市内へ戻ることにした。そこで地図で発見した自転車道を探す。見つけたそれは廃線となった線路跡を自転車道に改修したものだった。だから道路は真っ直ぐ!駅の跡も残って風情ある道路だった。
※両側には沢山の木々が植えられ、涼しく走ることができた。
DSCN0135.jpg
そして佐賀市内に戻った私はふらふらと街中を散策しつつ4時過ぎ、ホテルに戻った。シャワーを浴び、うとうととしながらブログをまとめている。途中、明日訪問する医院の場所も確認した。メールも数件処理した。さて、今から夕食にでよう。昼間食べられなかったそうめんを探すつもり。美味しいそうめんに出会えるといいが・・・。
●本日の走行距離 42.52km
●平均速度 16.9km(いかにのんびりと走ったか!)

05

Category: 佐賀逍遙。’11.7.4~5

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2011.7.4 樹齢3000年経由、長崎から佐賀へ。
午前3時起床。昨晩はミニ打ち上げだった。セーブしようと臨んだのだが美味しいビールをついつい。ちょっと辛い起床ではあったがガバッと起き、冷たい水で顔を洗い、出発準備。
午前4時20分。迎えのタクシー到着。自転車を積み込んでJR駅まで。始発電車に乗り換え、浜松町からはモノレール。結構人が多いのに驚く。これも節電対策の影響なのか?羽田空港に着くが肝心のスカイネットアジア航空の案内がない。「?」のままターミナルへ行ってみて分かった。なんと、スカイネットアジア航空は7月1日からブランド名をソラシド・エアに変更していたのだった。しばらくは併記したらどうなの?
6時20分。機上の人となり、ちょっぴり睡眠。8時過ぎ、長崎空港着。機内アナウンスで「現地の天候は小雨、強風」という。ちょっといやな気分になった。小雨はともかく「強風」はどの方向に吹いているのか?
空港で自転車を組み立て、身支度を整え、おにぎりでエネルギー補填して9時過ぎ出発。が、ここで最初の問題が・・・。というのは、通りかかった警察官が「自転車ですか?対岸への橋は強風対策のため自転車通行禁止ですよ」と言うではないか!「通行禁止?ではどうすれば?」と問うと「歩道を歩いて渡ってください」とのたまう。そして橋へ行ってみれば確かに「自転車通行禁止マーク」が!しかし、強い風も吹いていないので歩道を走った。
※長崎空港には「鐘」がついていた。平和の鐘をイメージしているのだろうか?
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まずは海岸沿いに北上する。風は・・・なんと、追い風!しかも結構強く!神風とはまさにこの風のこと。自転車はどんどん進む。約1時間で道の駅東彼杵(ひがしそのぎ)到着。小休止の後、本日最大の難関と思われる俵坂峠へ。さすがに山中、雨が強くなってきた。しかしペダルはくるくると回る。追い風も背を押す。そして気づけば「俵坂峠」のバス亭通過。つまり峠は難なくクリアしたと言うことだ。嬉野温泉の看板が見えた頃、雨脚が一段と強くなって来たので通りがかったコンビニでビニール合羽を購入しレインコートの上に着用した。汗と雨とで衣類はぐっちょりだが、夏なので寒いことはない。「暑いよりはいいさ。雨は上がるさ!」そう言い聞かせつつ走る。と、12時過ぎ、武雄神社に着いた。(恐らく)1994年に来た時は、楠の周囲はうっそうとした草に被われ、樹齢3000年の楠の周囲には異様な鬼気が立て込めていた。しかし、16年後の今、巨木の周囲には柵が設けられ、見学者用の通路が整備され、明るい雰囲気に充ち満ちていた。が、樹は相変わらずの威容で近寄りがたくそこに居た。樹齢3000年という途方もない数字に気圧される。ただただ頭をさげて巨木を去り、その巨木をご神体としている武雄神社に参拝、再会できたことを感謝した。
※武雄神社の大楠。周囲はすっかり整備され、おどろおどろしさはなくなっていた。
DSCN0062.jpg
ここでひとつハプニング。実は今夜、15年(と思われる)ぶりに佐賀県在住の方々と会う予定なのだが、その中の一人が「武雄に来ているので一緒に昼飯を食べよう」と神社まで来てくれたのだ。顔は、相応に年齢を重ねていたが面影はそのまま。すぐに判別できた。彼の案内で旨いラーメン店に行き、昔の思い出話をしつつ昼食。次の川古の楠までのルートも親切に教えていただき、午後1時、出発。
約1時間の走行で川古着。ちょうど観光バスが到着したのか、楠の周囲は関西弁のおじいちゃんおばあちゃんで賑やかだった。が、大楠はそれくらではびくともしない。悠然とそこに佇み、われらを見下ろしている。その稟たる姿には圧倒された。
※川古の大楠。全国第5位の巨木だそうだ(3位という説もある)。傘さす人の小ささよ!
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2時15分、佐賀へ向けて出発。331号線から34号線へ戻り、ひたすら佐賀市を目指す。途中、車の往来の激しい箇所が2箇所ほどあったが、それ以外は道路も空いていて快調そのもの。どこかのブログで「佐賀の車に要注意!」とあったが、車は対抗車線にはみでるほどに大きく追い越してくれるし、印象は全く違うものだった。気にしていただけになおさら嬉しかった。
午後4時、ホテル着。自転車も部屋に運び込み、シャワーを浴びていると、外ではガラガラ!ピカピカ!と雷雨の様子。いい時間に到着していて良かった!
そして6時からは15年前に親しく付き合わせていただいた4名の方々と会食。4人が一緒になったのも久しぶりとかで思い出話を中心に談論風発!恐らく100名以上の人物が話題に上ったことだろう。さすがに明日があるということで11時前に散会。いや、楽しい夜、いや一日であった!
●本日の走行距離 91.73km
●平均速度 19.7km

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