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  10 ,2017

団塊世代・あらいぐまの自転車日本一周挑戦記


プロフィール

あらいぐま

Author:あらいぐま
団塊あらいぐまの自転車日本一周挑戦記。ただ今、世界へも足を伸ばし中。

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Category: ポルトガル縦断Portugal '14.4.13~

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'14.4.30~5.2 マドリード散策~帰国 Spaziergang in Madrid und nach Japan
4月30日。今日は、2005年愛知万博の際に一緒に仕事をした現地の友人とバルに行く
ことにしている。それまでは自由なので、久しぶりに市内散策と洒落込む予定。

ゆっくり起床。簡単に身支度を済ませ、まずは王立植物園を経てプラド美術館方面へ
と歩き出す。空気が冷たくて気持ちいい。2月にも来ているので、新しい展示でもな
ければ入館はしない。美術館ではスタッフが開館準備中だった。「新しい展示はある
か?」と訊くと「ない」とのことなので通過し太陽の門方面へ向かう。早足は通勤す
る人々。カメラを持ってふらふらは観光客。その対比が面白い。

いい雰囲気のカフェがあったので、いつものサンドウイッチとコーヒーの朝食。あえ
て戸外のテーブルを選び、この旅を振り返っていると、日本人らしき初老の男性がや
ってきて「日本の方ですか?」と問う。久しぶりに日本語が喋れるなと「そうです。
お掛けになりませんか」と相席を勧める。そして分かったのだが、彼は巡礼のベテラ
ンで、もう8年間、欠かさず巡礼の道を歩いているという。日本のテレビ局の取材の
際には案内なども行っているという。1年に3ヶ月ほどはスペインに来ているらしい
が、そんな生活もいいなと思った。彼と一緒にパエリアの昼食。そしてスーパーを案
内してもらい買い物。そしてホテルに戻りシエスタ!ちょっと贅沢な気分を味わう。

夕刻、また、ホテル裏の広場へ行く。さすがにパフォーマーはいなかったが、子供た
ちが飛び回るのを眺めているのは楽しい。ふと、北海道の孫の姿がダブる。じいじに
なったんだなと苦笑する。

万博の際の同士や10時過ぎにやってきた。当地ではまだ夜は始まったばかりである。
マヨール広場方向へ歩き、雰囲気の良さそうなバルへ。ワインで再会を祝した後、
今回は主に私のポルトガルの旅の話を聞いてもらった。そして12時。明日は早朝の列
車でバルセロナに行くというのでバルはここで切り上げ。また、近いうち(可能だろ
うか!)の再会を約して別れた。

5月1日。さて、明ければもう帰国の日である。12時ギリギリにチェックアウトし、
空港での待機時間を最小限にしようという私のもくろみはメーデーに阻まれた。この
日、ホテル前つまりアトーチャ駅前は午前11時頃から車は通行禁止となり、そのため
にタクシーがやってこられるのは10:45がリミットだという。これには合わせるしかな
い。そのためチェックアウトは早まり、空港にはなんと11:20には着いてしまった。搭
乗機の出発は17:30!なななんと、まだ6時間もある。せめて、自転車と(ほとんど洗
濯物だけの)荷物を預けてしまえばとカウンターに行くが、「その便のチェックイン
は15時から」ととりつく島もない。やむなくカフェテリアの一角に席を確保し、コーヒ
ーをちびりちびりと啜りながら15時を待つ。その間、昼飯として食べたのは野菜ボウ
ルだった。こちらに来て以来、野菜不足を感じていたので、それを取り返そうと手に
取ったものだが、直径12,13センチのプラスティックのボウルに切ったレタス、
キュウリ、トマトなどがぎゅうぎゅうに詰め込まれ、食べても食べても、まるで泉の
ように湧き出てくる。これは嬉しかった。

野菜でくちくなった腹でチェックイン完了。身軽になっての出国検査はスムーズにパ
スし、土産物を急ぎ購入。程なく期中の人となり、6時間の飛行の後、イスタンブー
ル着。ここで約2時間の待ち合わせで成田行きに搭乗。飛行時間は約11時間。過剰と
も思われる食事サービスに嬉しい悲鳴(油っぽさと甘さ!)をあげながらも、臨席が
空いているのを幸いと、足を伸ばし、くつろいで映画、音楽を楽しみ、惰眠をむさぼ
り、無事、成田着。こうして私の延べ20日間の旅は終わりを告げた。ちょっぴり冒険
気分を味わい、素晴らしい旅だった。ポルトガルに惚れ直した旅だった。

ちなみに帰宅後、体重計に乗ると出発前よりも3.5キロ軽かった。
※ホテル裏の広場で。ここではおんなのこもサッカーだ!
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※街をゆく自転車の女性も反射ベストを着用している。
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※空港で自転車をぐるぐる巻きに。安心感が違う。
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※東に飛ぶ飛行機が夕陽をうけて瞬間、幻想的な色合いを見せてくれた。
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Category: ポルトガル縦断Portugal '14.4.13~

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'14.4.29 輪行でマドリードへ nach Madrid mit gepacktem Fahrrad
さあ、今日はいよいよ最後の移動日。ウエルヴァからマドリードへは直行列車があり、それに
乗りさえすれば約4時間でスペインの首都に到着する・・・。
6時に起床し、まずは自転車のパッキング。「よく走ってくれたな~!」と感謝の言葉を投げ
かけながら解体し、多少乱暴に扱われても大丈夫なように、しっかりとパッキングする。8時
から朝食。こんなゆっくりの朝食はサンチアゴ・デ・コンポステラ以来だ。美味しいコーヒー
は2杯飲み、気力充実。しかし・・・

昨日のフロントマンは英語を喋らず、マドリードへの直行列車があると言うことだけが分かっ
たことだったので、今朝勤務している女性に「出発時間はわかりますか?」と訊きに行った。
ところが、返って来たのは意外な返事{列車は火曜日は運休です」ガーン!いきなり予定が狂
った。「では、バスならばあるか?」と訊くと、「セビリア行きのバスはおよそ1時間ごとに
出ている」とのこと。いきなり予定変更と相成った。10時のバスに乗ることにし、タクシー
を9:15に呼んでもらう。やって来たタクシーはプリウスだった。「調子はどう?」と訊く
と「いいよ!」とのこと。挨拶代わりに折り鶴を一羽、ダッシュボードに置いてあげるととて
も喜んでくれた。着いたのはウエルヴァのバスセンター。

セビリア行きのバスは定刻10時に出発した。ほぼ半分の席が埋まった。電車がないからだろ
うななどと想像しながら走る。南の窓側に座ったので日差しが強く、カーテンを閉めたら何も
見えなくなり、そしたら眠くなってしまった。11時前、あちこちで電話が鳴り始めた音で目
が覚める。バスが到着するので、客が連絡を取り始めたらしい。11:08セビリアのバスセ
ンター着。

しかし、バスセンターはセビリア駅と離れているのでまたタクシー移動。やって来たのは何と、
またもプリウスだった。前のタクシーと同じように折り鶴をあげると喜んでいた。そして、い
よいよ待望のAVE(スペインの高速列車)に乗れるかとチケット売り場に行くと「自転車は
持ち込めない」とのつれない言葉。「ええーっ、じゃあどうすれば良い?」と訊くと「とりあ
えずあの案内所に行って相談せよ」と言う。藁をもすがる思いで案内所に行くと答えは同じ!
一瞬、途方に暮れ、自転車を売り払って帰ろうか・・・などという思いも脳裏をよぎったが、
ここは一番、粘ってみようと腹を据えた。
「自転車はどうしてもダメなのですか?」
「しつこいわね~。ほら書いてあるでしょ!」
「120×90×40センチですか?ほら、120センチに収まっていますよ」と計るそぶり
をする私。
「ダメよ、ダメ!」
「お願い!何とかして!別料金は払うからさ」
というような会話をスペイン語と英語と日本語で行っているうちに女性スタッフに何かが閃い
たらしい。
「電話するからちょっと待ってね。AAAAAUUUUUGGGGGGDDDDSSSSSSSSSAAAAAAAIIIOOOOOO。
OK!今度の列車はダメだけど、次の13:45の列車に乗れるから、チケットを買ってらっ
しゃい。そして、出発の30分前にここにいらっしゃい。私が案内してあげるから」
私は、どういう措置を講じたのか分からないままにチケットを求め、イベリコハムのサンドイ
ッチとコーヒーの昼食を済ませ、指定された時刻に案内所に行く。すると、彼女に指示された
新人らしき若者が一緒に列車(何と、乗りたかったAVEだ!)のほうに連れて行ってくれる
ではないか!そして、先頭車両の次の車両のドアを開け、「自転車はここに置け」という。こ
こで初めて分かった。この列車には荷物質があるので、そこに特別に入れてくれたのだ。彼女
と新人くんに折り鶴をたくさん差し上げたのは言うまでもない。化粧の濃い、まさにアンダル
シアの女性という雰囲気で、一見、冷たい印象だったのだが、人は見かけによらない・・・を
痛感した一件であった。

こうして私は無事、車中の人となった。AVEは片側2列の4人並び。全席指定で、最高速度
は250キロだった。カフェテリア車両がついていたので記念にビールを飲んだ。晴天で、窓
の外の景色は美しかったが、とにかく大地が続くのみで変化がないのが寂しい。イヤホンが配
られ肘掛けに差し込むと音楽が聴けるのは航空機を思わせる。混み具合も4割というところで、
実に静かな、いい列車だった。

そして列車は定刻16:05にマドリード・アトーチャ駅到着。私は荷物質から自転車を出し
てもらい、下車。そして、今日のホテルはマドリードの友人に薦められたほぼ駅前のホテル。
自転車を担ぎ、ザックを背負い、二つのバッグを提げて、歩くこと15分。ホテルに着いた。
チェックインし、シャワーを浴び、メールやブログをチェックし、夕食をと外に出て驚いた。
このホテルの裏側はカルロス5世広場に面し、国立ソフィア王妃芸術センターの隣りなのであ
る。広場に面したイタリアレストランで食事中、広場ではパフォーマーが踊り、子ども達が遊
び、なんとも表情のあるエリアだった。しばらく見物し、水などを買い求めてホテルに戻り、
このブログを書いている。時刻は21:51。外はようやく闇の帳が降りた。
※ウエルバヴァのバスセンター。中庭にはオレンジが。
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※ようやく私が乗るAVEが表示された。
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※この車両に乗った。
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※最高時速250キロ表示(見えるかな~)。
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※隣を在来線が走っていた。
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※今日のホテルはメディオデイコ。古い、格式のあるホテルだ。
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※カルロス5世広場のパフォーマー。酔っぱらいではない。
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※締めはやっぱりビールでしょう。こんなグラスで出てきた。
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'14.4.28 ポルトガル縦断達成!スペインに入りました。 uber die Grenze nach Spanien
スペインとの時差1時間を考慮し、午前7時にホテルを出ました。順調に走り、午前8:30、
国境の町サントアントニオ到着。フェリー出発を待つ間、カフェでくつろぎ、この旅を振り
返りました。
そして、9:30フェリー出航。しかし、これはスペイン時間で10:30なのですね。あっという
間に1時間失いました。上陸後も快調に走り、今日の目的地ウエルヴァ(Huelva)には14:30
に着いたのですが、何と、ツーリストインフォメーションもシエスタ中で、業務は5時から
再開とのこと!うーん、それも見込んで早めに出発したのに!!!
が、拾う神あり。案内所近くのカフェで冷たい紅茶を頼んだのだが、そのウエイトレスさん
に「地図はない?」と訊いたら、何と持っているではありませんか!お礼に折り鶴を3羽あげ、
取りあえず現在地をマークしてもらい、次は図々しくタクシー運転手にホテルのある場所を
地図上でチェックしてもらい、案内書の再開を待たずして悠々チェックイン。

そして、決めました。自転車はここで切り上げます。暑いし、ゆとりのある道路とはいえ、
車は100キロ近くで走る国道。疲れはじわじわとたまり始めているのが分かります。このウエ
ルヴァからマドリードまで直通列車が出ているはずなので、明日はそれに乗ってマドリード
に入り、2日間滞在し、疲れをとって、帰国の途に着きたいと思います。

たくさんの方から応援のメッセージをいただき、本当にありがとうございました。心強かった
です。最後の数日、なかなか文章にならず、報告だけになっていましたが、後日、詳細を書き
ます。
※サントアントニオに近づくと、スペインへはこちらの看板が出てきた。
DSCN1921.jpg
※サントアントニオの中心の広場で到達証明写真を一枚。
DSCN1933.jpg
※国境の川をまたいで約4キロの橋があるのだが、車専用ということで断念。
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※フェリーでスペインのアヤモンテへ。所用時間約15分。
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※スペインでの昼食。生ハムとトマトのサンドウイッチ。美味い!
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※景色はポルトガルとあまり変わらない。
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本日の走行距離79.6キロ 全走行距離 1031.8キロの旅でした(列車移動を除く)

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'14.4.27 一路、東へ。タヴィラまで。 nach Tavira 
いよいよポルトガル縦断も時間の問題となってきました。今日は、スペインとの国境まで
約25キロのタヴェイラまで走りました。ローマ時代の橋が残る小さな街では今日まで春
祭りが開かれていて、対岸の広場からはバンドの演奏が聞こえてきます。
私もそれに酔いたいのですが、明日からの行程で悩んでいます。スペインに入ると、川な
どの関係でルート選択がとても難しいのです。それに、セヴィリアまで走る予定ですが、
この大都会への進入がまた不安です。なので、今、セヴィリア手前の街まで行って、そこ
からは列車移動に切り替えようかと思案中。バス、鉄道・・・手段はいろいろとありそう
なのですが、自転車を持ち込めるのかなどが分からず、ホテルの主人に聴いても知らず、
ちょっと悩んでいるあらいぐまです。
なので、申し訳ありませんが今日もブログは簡単に済ませます。今日の道中も素晴らしい
景観の中でした。では・・・
※ポルティマオの川辺は素敵な散策路になっていた。
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※アルガルベ地方は陶芸で名高いらしい。こんな装飾が店先に。
DSCN1861.jpg
※道路が海辺に近づくとこんな景色になる。
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※古い街道を改修して新道になったのだろう。こんな石の標柱があちこちにあるが、
これを認識できるのは徒歩か馬車(まだ走っている)だけだろう。
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※タヴィラの街は春祭りで賑わっていた。
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※街の真ん中を川が流れ、この橋はローマ時代に建設されたものだそうだ。
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※最近は「サグレス(Sagres)」という名のビールがお気に入り。で、今夜(まだ明るいが)も・・・
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'14.4.26 サグレス岬制覇、ポルティマイオへ nach Portimao uber Sagres
さて、今日はいよいよ今回の旅の最大の目的地であるサグレス岬(Sagres)を目指す。なぜ
この岬が最大なのかと言うと沢木耕太郎の「深夜特急」はここで終えているからだ。この岬
に着いた際の出来事に関する沢木の報告は実に印象的で、ポルトガルを目指すならばどうし
てもこの岬を訪ねたい、それも自転車で到達したいというのがいつからか私の目的になって
いた。
親切なホテルの女性スタッフに見送られて出発する。今日もかなりの走行距離と起伏が予想
されるので早めに出たいと思っていたが、結局、8時になってしまった。道は相変わらず大自
然の中に続いている。木はオリーブが圧倒的だが、コルクの木と思われる木々もある。コル
クはポルトガルの特産品のひとつで、世界の総生産量の約8割を占めていると前回のツアー
で教わった。但し、木のたたずまいからはあのスポンジクッションのような状態は想像でき
ない。
9時過ぎ、カヴァパテイラ(Cavapateira)という村に差し掛かり、うまい具合にカフェが目
に留まったので小休止とする。通りを挟んだ向かい側がスーパーだったので水と食料を購入し、
万全の体制を整える。
国道120号線を進み、ビスポ(Bispo)に着く。ここからサグレス岬へは一本道である。このま
まどんどん進めばそこがサグレス岬であると見当をつけ、アプローチに取り掛かる。遠くに町
らしき集落が見えてくる。あれがサグレスの町かと予想しながら走る。と、道路の脇にもう一
本の古い細い道路が現れ、そこを大きなザックを背負った女性が二人歩いている。「サグレス
から来たのですか?」と訊くと「そうだ」と言う。そうか、沢木がここを訪れた時の道路はそ
れだったのではないか?という思いが脳裏をよぎり、次の交叉地点から、旧道に入った。その
道は狭く、路面も荒れており、途中からは舗装も途絶え、自転車には向かない道であった。が、
沢木はこの道をバスに揺られて行ったのだと想像しながら耐えた。心ははやるがスピードは上
がらない。しかしここまで来れば焦る必要はない。到達までの時間をじっくりと味わうだけだ。
町に入る。港町と聞いていたがそんな雰囲気はない。家々も散在し、閑散としている。そんな
町を突っ切って進むと「サグレス岬」の看板が現れ、入念に石畳で整備された道路に出る。そ
の先に白い壁面が見えてきた。あれが1755年の大地震で壊れてしまったが、その後修復さ
れた要塞か?この石畳道路も同時に開通したのだろう。石畳は自転車にとっては魔物といって
もよいほど嫌な道路だが、あの堅い石をほぼ正方形に切り出し、入念に埋め込んでいく作業は
よほどの根気がないとできないだろう。頭も下がる。
※サグレス岬の標識が見えてきた。もうすぐだ!
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※道路脇に咲く白い花。強烈な香りに和んだ。
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※敢えて旧道を進む。
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※やがてサグレスの要塞が見えてきた。
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ゆっくりと自転車を進め、要塞に着いた。大きな駐車場には数台のバスとたくさんの車が停まっ
ている。そして人々は要塞へと歩いている。壁面の中央が入口になっているのでそこまで自転
車を押しすすめ、鍵をかけてチケット売り場へ行く。シニア割引があって入場料は1.5ユーロ。
それを買っていると係の男性が「自転車で来たのか?どこにあるのか?」と訊くので「入口の
前に停めた」と答えると「こちらへ持って来い」と言う。理由の分からないまま自転車を持っ
て行くと大きなドアを開けてくれる。「ここに停めるのか?」と訊くと「そのまま行け」との
こと。そして、歩み始めて分かった。サグレス岬は大陸から突き出た、まるで大きな公園で、
むき出しの岩の原っぱを縫って、エンリケ航海王子の居宅や灯台、教会などが散在し、周辺に
は遊歩道が整備されているのだ。「自転車ならここを走ったほうがいいだろう」との親切だっ
たのだと納得し、心遣いに感謝しながら大西洋の冷たい風を頬に感じ、周遊道路をぶらついた。
司馬遼太郎は「南蛮紀行」の中でポルトガルの海岸を「まるでビスケットを割ったような岸壁」
と表現していたが、まさに大地は岸壁となって急激に海に没し、地の果てとはこのことかと思
わせる様相を呈している。そして、カモンイスはロカ岬をそう称したが、このサグレス岬のほ
うがよほど地の果てにふさわしい。夜になってここに着き、犬に吠えられながら宿を求めて歩
き回った沢木はきっと心細かったことだろう。
※あこがれのサグレス岬に到着。後方は大西洋。
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※この荒れ果てた雰囲気。ロカ岬よりもずっと「地の果て」感がある。
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※サグレス岬から見たユーラシア最西南端ヴィセンテ岬の灯台。
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※こんな案内図を見ればサグレス岬の概要が分かろうか。
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しかし、現地の人々はしたたかだ。遊歩道には「この先立ち入り禁止」の指示もあるのだが、
たくさんの人々が岸壁から釣り糸をたれている。入場料を払ってここに来たのか、あるいは係
員も黙認なのか、この落ちたら最期と思われる岸壁で釣果を求める彼らには尊敬の念さえ感じ
てしまう。思えば、日本の地の果てとも言うべき室戸岬でも、大波が来ればひとたまりもない
ような小島で釣りをしている人々を見かけた。海の民には危険よりも魚影が見えるらしい。
まさに灯台下暗し。ここに居てはサグレス岬の岸壁は見えない。ここからはユーラシア最西南
端であるサン・ヴィセンテ岬が見える。突端に灯台があり、唐突に大地が大西洋に没している
様子がよく分かる。こんな岸壁の合間に浜辺がある。ポルトガルには九十九里浜のような長い
海辺は存在しない。内陸の通貫道路から浜辺への一本道があり、サーフィンや浜辺のリゾート
を楽しみたい人はここを下って行くのである。海岸沿いを走りたいという私の希望がなかなか
果たされない理由もよく分かった。
サグレス岬をおよそ1時間ぶらついた。私としては異例の長さである。これ以上にゆっくりで
きないのは、午後4時までには次の宿泊地に着きたいからだ。いかに夜が長いとはいえ、午前
8時に出発し午後4時まで走れば8時間である。約2時間は食事や休憩に使うとして実走時間
は6時間だ。これを一日の最大走行時間と決めている。これ以上走ると疲労度がぐっと高まる
からだ。緊張の緩みも怖い。そしてもうひとつの理由が、4時過ぎには宿に入り、日本(の家
族)へ無事の報告をしたいからである。ポルトガルからだと午後5時は日本の深夜0時にあた
る。メール着信音が鳴るのも迷惑な時間帯だし、まだ起きているか定かではない。だから双方
の安心のために午後4時までにはホテル着を心掛けている。
しかし、サグレス岬を予想よりも早めに制覇できた今日も問題は発生した。この日の宿泊地ポ
ルティモアン(Portimoa)へは午後4時に着いたのだが、この街の中心部へ行き、旅行者案内
所を探し、地図を入手し、予約してあるホテルの場所を教えてもらうのに、なんと1時間半を
要してしまったのだ。この町の手前にラゴアス(Lagoas)という大きな町があり、この町にも
興味もあったのだが、敢えてそれを避けたのだがその甲斐は全くなかった。市街地での神経戦
に疲れ、どうにかホテルにたどり着いた私は疲労困憊していた。そして、サグレス岬制覇の興
奮覚めやらぬなかで汗を流し、とにかくビールで祝杯をあげると、強烈な眠気に襲われた。そ
して、この夜だけは、その日のブログ更新を行わないまま、眠った!そして、達成感に浸った。