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  03 ,2017

団塊世代・あらいぐまの自転車日本一周挑戦記


プロフィール

あらいぐま

Author:あらいぐま
団塊あらいぐまの自転車日本一周挑戦記。ただ今、世界へも足を伸ばし中。

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Category: 九州その① 2015.5.22~6.3

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Comment: 5  

'15.6.2 佐賀市→柳川市→佐賀市 von Saga nach Yanagawa und zuruck


今日は佐賀市から柳川市へ向かい、歴史とアートに触れようという算段。遂に九州も梅雨入りする
だろうと言われ、午後からは雨の予報。本降りになる前に帰ろうと、やはり「まれ」を見て、8:30出発。

ルートは簡単。佐賀駅から南に向かい、国道208号線を東へ行き、筑後川に出たらとそこに不思議な
形状の橋がある。これが筑後川昇開橋(しょうかいばし)だ。2本の鉄製の柱に台座が備え付けられ、
これが上下することで橋は通行可能になるという仕組み。かって、この辺りは船舶が航行したことから
考えられた仕組みだそうだ。写真を見比べていただきたい。上が通行可能な状態。下が台座が上昇
し、通行不能になった状態だ。隅田川には勝鬨橋があるが、それと同じ機能を持った橋と言えるだろう。
※通行可能状態
DSCN3928.jpg
※通行不可能状態。この際、開いた部分を船舶が通過する。
DSCN3935.jpg

ところで、この橋から西洋の城のような素敵な建物が見える。出会ったおばちゃん3人組に訊くと「あ
れはホテルだったけれど、経営不振で倒産し、その後、老人ホームになったさあ」とのこと。なるほど
上手い再活用と感心した。入居は長期滞在と考えれば、悪くないかも知れない。
※元ホテル。今、老人ホーム。
DSCN3932.jpg

そして、この昇開橋から早津江川を下って行くと、世界遺産登録を目指す三重津海軍所跡に出る。
今は史跡は保存を兼ねて埋め立てられ、公園になっているが、かって、ここにはドライドッグという
面白い施設があった。有明湾は干潮と満潮の差が著しい。そのため、満潮時に船舶をドッグに入れ
て堰き止め、干潮になった時に水を抜けば、そこは船舶の修理などに使えるドッグになるのだと言う。
修理が済んだ船舶は、満潮時にまた川に戻す。自然の営みを上手く利用したその知恵。世界遺産
の価値ありと見たが、いかがだろう?
※跡地は現在、公園として整備されている。これは説明看板。
DSCN3937.jpg

海軍所跡を後にし、県道18号線に出て左折し、そのまま直進すると柳川市だ。水郷柳川の看板を
たよりにハンドルを切れば、程なく、どんこ舟が行き来するお馴染のエリアに出る。日本の道100
選にも選ばれている静かな道を走る。まず、目指すは北原白秋の生家・記念館だ。かって、大きな
造り酒屋だったという建物は火災で半分は焼失したものの、昭和44年に復元されたという。童謡、
唱歌から歌謡曲、校歌、社歌まで、じつに幅広い活動に驚く。
※白秋生家。記念館。
DSCN3948.jpg

ところで、私が関心を持っている作家壇一雄はここ柳川出身(正確には生地ではないが)で、福巌
寺には壇家の墓があると、白秋記念館の係員に教えてもらい、急遽、参拝することに。これは予想
外の展開で、実に嬉しい誤算であった。
※壇一雄も眠る壇家の墓。
DSCN3958.jpg

ここで昼時になった。ここはやはり「鰻せいろ蒸し」だろう。どこか。観光客相手でない店をとうろうろし、
選んだのは創業安政年間という老舗若松屋。たれで味付けしたご飯と、かば焼きの鰻と重ね合わせ、
さらにせいろ蒸ししたという鰻飯は、美味かった!
※やはり、パチリと。
DSCN3974.jpg

昼を過ぎたが、まだ雨の気配はない。そして、気分よく、次の目的古賀政男記念館・生家を目指す。
国道208号線を佐賀市に向かって走ると、記念館はすぐに見つかった。自転車を止め、記念館前の
古賀政男の像の前を通りかかると「影を慕いて」のメロディーが流れる。館内では彼の作品が聴け
る。今日は「丘を越えて」をさまざまなパターンで演奏していた。
※古賀政男記念館の前で。(記念館スタッフに撮影していただいた)
DSCN3985.jpg

時間があればじっくり聴いていたいところだが雲行きを見て切り上げ、帰路に着く。ホテルまであと2
キロほどのところで雨になり、レインウエアを着用したが、大過なく帰着できた。走行44.17キロ。素晴
らしいポタリングだった。

※番外編:居酒屋の広告だが、許されるのだろうか?
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Category: 九州その① 2015.5.22~6.3

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Comment: 4  

'15.6.1 呼子町→佐賀市 von Yobuko nach Saga


旅も終盤に入った。福岡空港から帰路につくという環境を考え、最後の2日間を佐賀で過ごす
ことにした。で、今日は佐賀まで走る。

呼子の朝市が面白いというので、「まれ」を見て、宿舎からの坂を下り、朝市を目指した。途中で
見た光景3点。
※イカが干されている。半干し、一夜干し…美味いんだな~!
DSCN3895.jpg
※イカを乾す、こんなくるくるマシンもあった。
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※そして、大漁祈願の像。漁村ならでは。
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朝市は大綱引き通りという生活道路で開催され、賑わっていた。
※売り子さんのにぎやかな声が飛び交う朝市。
DSCN3908.jpg

朝市会場の手前で気になる看板を見つけた。「鯨組主中尾家屋敷」佐賀県の重要文化財だという。
名前に惹かれ、訪問してみた。解説VTRによれば、かってこの地ではクジラ漁が盛んで、中尾家は
その中でも大きな組を組織していたらしい。その豪勢さを示す俗謡が残っている。
「中尾様には及びもないが せめてなりたや殿様に」
おそらく、ニシン御殿のあった辺りにもこんな俗謡は残されているだろうが、それほどに地域に欠か
せない産業になっていたということだろう。
※中尾家屋敷前景と看板。
DSCN3905.jpg
※看板。我が家の別邸では…ない。
DSCN3906.jpg

※立神岩。二本の巨大な岩が直立していた。こんな景色を見ながら・・・。
DSCN3913.jpg

唐津に入った。この町には「唐津くんち」というユニークな祭りがあり、そこで使用する山車=くんちが
展示されているというので見に行った。展示館は祭りで使用されている山車の収納館でもあった。盆
や正月に帰郷しない若者が、この祭りには帰ってくる(解説VTRより)というこの祭りは確かに、そん
な魅力をたたえたもので、一度は見たいと思わせられた。
※くんち。これらが町を練り歩く。
DSCN3916.jpg
DSCN3917.jpg

ルートはここから海を離れる。鉄道線路と併走したり、風のふるさと館という愛称の道の駅を通過した
り…。快晴という訳ではないので、したたる汗もそれなり。これは助かる。
※ここで茹でとうきびを発見。目がない私は当然、喰った。シ・ア・ワ・セ。
20150601_133111.jpg

ところで、「○○○のふるさと」はあちこちにあり、それぞれ、地域の特性を表現している。いわば、町
おこし村おこしの象徴だ。今回の旅でもたくさん出会った。「ホタルの里」「童話のふるさと」「古代ロマン
の里」…。そして「風のふるさと館」にいたく興味を覚えたので店員に訊いてみると意外な答え「冬に
来ていただければ分かります。めっちゃ、風が強いんです。それだけです」他の店員もうなずいていた
から本当なのだろう。肩透かしを食らわされたような、すっきりしたような…。

長崎に発する国道34号線に出てから、残されたことは走るのみ。車の多い区間は側道を。少ないと見
れば車道を走り、3時半、佐賀駅前のホテル着。シャワーを浴び、洗濯を済ませたら異常な睡魔に襲わ
れ昼寝。目覚めて、町にでて夕食。久しぶりに大好きなテレビ番組を見ながら寝込んでしまい…と、何
とも締まらない時間を送っている。
明日の午後から天気は下り坂。様子を見ながら柳川を走ってみたいと思っている。

本日の走行距離 68.94km
走行時間 3時間52分 平均速度 17.8km

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'15.5.31 佐世保市→呼子町 von Sasebo nach Yobuko


タフな一日だった。
九十九島を海からみるのも良いだろうと、佐世保から平戸島へ向かうフェリーニ乗る。
佐世保港は軍港でもあり、見慣れぬ形状の船が見える。そう言えば、昨日、あちこち
でせーら服姿の船員を多く見かけた。
※佐世保港はオシャレな港に改築されていた。
DSCN3828.jpg
※しかし、不審な船舶が・・・
DSCN3834.jpg

しかし、船からの観光は予想外のものだった。観光船ではなく、市民の足として使用
されている船には窓がなく、大きめのプラスティックの波除を越えて、飛沫が入ってく
る。そして、とてもではないが外を眺める余裕も取れない。加えて、海上からの視線は
低く、島は大きな緑の塊にしか見えない。仕方なしにうとうとしているうち、船は定刻
9:45に平戸島の前津吉港に着いた。ここから約50キロを走り、御厨港を14:00に出る
フェリーに乗って鷹島に渡り、呼子町が今日の最終目的地だ。呼子はイカで有名で、
そこで活き造りを食べるのだ。
※フェリーは高速で九十九湾を突っ走った。
DSCN3841.jpg

さて、ルートは起伏に富み、安易なものではないことは予想していた。が、平戸島は
本当に厳しい島だった。踏めども踏めども上り道は続き、下りはアッという間に終わっ
てしまう。アップとダウンはフィフティフィフティと言い聞かせても、つい、愚痴りたくな
る…この上り、いつまで続くんだ!

そして、時間は刻々と過ぎていく。いつの間にか、平戸で昼食をして…という余裕は
なくなり、平戸市内ではザビエル記念教会を拝観しただけだった。異国情緒あふれ
る町並みに興味を覚えたが、通過するだけだったのは残念だった。食事も、時々立
ち止まっては、携行しているパンやバナナを口にするだけだった。
※ザビエル記念教会。
DSCN3860.jpg
※道端には無人販売所。箱一杯のイチゴは500円!
DSCN3848.jpg

そして御厨に向けて走り始めたのは12:45。ここからは時間との闘いだ。御厨港に着
くまで休まないと決め、ひたすらペダルを踏んだ。いつもなら押し上げる区間も歩か
なかった。バス停の名前で自分の位置を確認しつつ、御厨町に入った時だけはホッ
とした。そして港への道を尋ねるべくGSに立ち寄り、尋ねれば「GSの裏の道を行け
ば近いよ」という嬉しい答。教えられたルートをたどって、港はすぐに見つかった。時
刻は13:40!結果的には20分の余裕を持って到着した訳だが、本当に安堵した。近く
のスーパーで弁当を買い込み、フェリーの中で遅めの昼食。さあ体制は整った。
※途中で渡った橋。平戸大橋。
DSCN3869.jpg

フェリーは定刻14:30に鷹島の船唐津港に着いた。ここから今晩の宿(イカはここで食
べる)までは30キロくらいのはず。うまく行けば5時には着けるか…そんな期待を胸に
ペダルを踏み出したその時、異変は起きた。チェーンが切れたのだ。この旅へ出発す
る前のチェックでチェーンに少しの延びが認められると言われてはいたのだが、とうと
う限界に達したか!
さて、ここは修理しかない。パーツは当然、持ち歩いている。しかし久しぶりなのでうま
く出来るかどうか?不安半分で始めた修理は思いの外スムーズに行え、約30分でチェ
ーンは治った。5時到着が不可能となったので、6時までにはと目標を切り替え、また、
サドルにまたがった。チェーンもどうやら落ち着いてくれている。

ルートはやはり厳しかった。途中、いくつかの大きな橋を渡ったが、このあたりの島々
は素晴らしい橋で結ばれてるようだ。これも原発マネーのなせるわざか?その根源で
ある玄海原子力発電所は道路から眺められた。現在は停止中だが、今後、どうなるの
か?道路脇には「稼働させよ」と「絶対反対」の相反する看板があった。地元の意見も
集約されていないのだろう。
※鷹島肥前大橋
DSCN3870.jpg
※玄海原発も遠望できた。中央の四角の建物。ここには4基ある。
DSCN3887.jpg

途中、浜野浦で棚田を見た。山腹に始まった棚田が海まで続いている様は見事だっ
た。先祖はこうして米を収穫してきたのに、年々、米の消費量は減少の一途なのは残
念だ。
※ちょっと光線の具合が悪いが・・・
DSCN3885.jpg

そして6時を15分ほど回った頃、目指す国民宿舎に着いた。食事は7時からと予約し
てシャワーを浴び、テーブルに着く。前菜に続いて出てきたイカは、透き通って美しかっ
た。そして、しこしこと美味しかった。残った足と背中の部分は塩焼きにしてくれた。
夢中で走ってきた喉にビールがしみた。
※念願のイカの活きづくり。美味!
DSCN3890.jpg

アクシデントはあったが、今日も安全に走り切れたことに感謝し、ブログを書こうとし
たのだが通信環境が思わしくない。携帯電話は通じるのだが、PCでの接続に異様
に手間取り、写真のアップなどはできそうにない。読んでいただいている方々に、連
絡も出来ず遅れてしまうのが心残りだが、打つ手もないので、明日、了承を得よう。

本日の走行距離 88.57km
走行時間 5時間52分 平均速度 15.0km 

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'15.5.30 長崎市→佐世保市 von Nagasaki nach Sasebo


テレビで、オーストラリア人がわざわざ日本へやってきて、「佐世保バーガー」を食べるという番組を
見た。話題にしてくれたお礼に佐世保市はそのオーストラリア人に感謝状を送り、バーガーを核とし
た町おこしを考えるという。そこまで世間を動かした佐世保バーガーとは一体何なのか?それを確認
したくて佐世保を目指すことにした。

天気予報は昼過ぎから雨になるだろうということだった。そのため、昼までに佐世保に着こう、少なく
とも近づこうと思い、6:30にホテル出発。206号線をたどり、佐世保を目指して走りだした。しかし、昼
まではの願いも虚しく、7時半過ぎ、雨が降りだした。えーっ、予報はどうなっているのか!と怒っても
のれんに腕押し。私にできることはそれに対処するだけ。8時半ころからは雨具を着こみ、雨脚を確
認しつつ、距離を伸ばしていく。コンビニやスーパーの店頭、あるいは開店前の物産店の軒先で雨宿
りをしつつ、少しづつ脚を伸ばしていく。
※雨脚はどんどん強くあるばかり。
20150530_090312.jpg
※地域の支所もオランダっぽいデザインに。
DSCN3802.jpg
※こんな雄大な鳥居もあった。
DSCN3797.jpg
※ハウステンボス周辺はハウステンボス町というらしい。
DSCN3811.jpg
※西海橋の下では渦潮が発生していた。
DSCN3805.jpg
※思わず「雨の中をご苦労さま!」と声を掛けたくなる迫真のかかし!
DSCN3809.jpg

そして遂に、正午過ぎ、佐世保駅まであと2キロの地点まで到達。そこにはジョイフルがあり、そこで
昼食を取りながらホテルのチェックインまでの時間調整を行おという算段。その間にホテルに問えば、
2時半でもチェックインはOKですよ!という神の声。お言葉に甘えて、即刻、走りだし、チェックインし、
シャワーで冷えたカラダを温め、明日の行程を確認し、このブログを書いている。

PS:今日走った206号線は、今回の旅の中で最も走りにくかった。狭いうえに側道もない区間が多い。
しかも、車は多いと来る。私は、側道がある区間はほとんどそこを走った。特に上りではそれを順守
した。古い街道なので今から拡幅の余地もないのだろうが、次に走ろうとする人には注意を促したい。

そして夕刻、目標の佐世保バーガーを食べてきた。佐世保バーガーが発祥したログキットという店ら
しい。米兵に教えられたレシピーを忠実に守って、ここまで育て上げた。そして今、佐世保バーガーを
提供する店は26店舗(支店含まず)。佐世保バーガーたるレギュレーションがあるらしいが、その全て
は分からなかった。が、少なくとも作りおきをしない、のだそうだ。
だから、オーダーして待つことしばし。出てきたスペシャルはさすがにデカイ!が、指示された通り、全
ての材料をグーッと押しつぶし、まるで厚手のお好み焼きのようにして食べると、食材の味が微妙に
ミックスして、美味い!私は日本最西端の佐世保駅構内のログキットでスペシャルを、SC五番街にあ
るヒカリでレギュラーを食べたが、それぞれに美味かった!(が、しばらくは食べられない…かも)
しかし、味わいのことだ。文章では言い尽くせない。ぜひ、佐世保へ来て、試してみることをおススメする。
※これがスペシャル。顔の大きさと比べてほしい。
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本日の走行距離 69.8km
走行時間 4時間40分 平均速度 15.5km

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Category: 九州その① 2015.5.22~6.3

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'15.5.29 長崎市内観光 Stadtbesichtigung von Nagasaki
今日は休養も兼ねて長崎市内観光。やはり「まれ」を見てから出かける。

ホテルが長崎駅前なのでどこへ行くにも便利だが、まずは平和祈念像に挨拶をしようと平和
公園へ向かう。その表情にふと喜納昌吉を思ったが、彼は軽くまぶたを閉じ、深く平和を祈っ
ているようだった。合わせて合掌。そして隣接した原爆落下中心地。近くには原爆が投下された
日時 1945.8.9 11:02 を刻んだ母子像も立っていた。身が引き締まる。
※平和祈念像
DSCN3715.jpg
※投下中心地を示す塔。
DSCN3705.jpg
※投下時刻を表示する像
DSCN3707.jpg

余談だが、現在、修学旅行の季節らしい。どこに行っても小、中学生ばかり。グループ行動は
私達の頃にはなかった。

次いで向かったのは如己堂永井隆記念館。自身の被曝を知らず、結核患者や被爆者の検査や
診療にあたっていた永井博士。その平和を希求する活動は多彩だったが、43歳という若さで亡
くなった。彼の著書「長崎の鐘」は映画化もされた。その際、主題歌の作詞を依頼されたのがサト
ウ・ハチローで、古関裕而作曲の「長崎の鐘」は歌声喫茶の定番曲になっている。
※永井博士。その清々しい眼差しが印象的だった。
DSCN3724.jpg

浦上天主堂では原爆の爆風に耐えたというアンジェラスの鐘を見たかったが、設置されている
場所が危険なので、公開はしていないとのことだった。残念だった。
DSCN3734.jpg

そして出島の先の長崎港常磐ターミナルに向かう。ここから軍艦島ツアーが出るのだ。昨日、予
約しておいた小型船(約40名乗り)はほぼ満員。ユーモアを交えた楽しい解説を聞きながら約16
キロ離れた端島(軍艦島)へ向かう。昭和49年、石炭不況から突然廃坑となり、居住者は次々と
脱出。以来、放置されたままだった施設は無償で長崎市に譲渡され、市は7億円をかけて見学路
を設置。国からは無駄と指摘されたらしいが、その経済効果は70億円に上ると言う。
さて、島は遠方から見ても、上陸をしても廃墟そのものである。私は思わず東日本大震災の被災
現場を思い出した。東北では津波だったが、軍艦島では放置と台風による540メートル近い波が
原因らしい。襲われるたび、放置された建造物は徐々にやせ細り、崩れ、現在のような風化した
、まる骨のような有り様になってしまったのだ。小学校であった建物はほぼ宙に浮いている状態
で、いつ倒れてもおかしくないのだとか。
しかし、状況は厳しいと分かるが、世界遺産に登録されるのはそのような悲惨さではなく、産業振
興に果たした海底炭鉱の歴史だ。が、残念ながら、その跡は危険なため見ることができない。唯一、
坑道に入るために歩いた「命の階段」が見られるのみである。危険な作業を終えて、再びこの階段
を踏みしめた時の、作業員の喜びはいかばかりだったろう。
※軍艦島全景。
DSCN3747.jpg
※右に階段が見えるだろうか?これが命の階段だ。
DSCN3769.jpg
※そして、私。
DSCN3770.jpg
※軍艦島ツアーを実施している会社のホームページにその模様が掲載される。ダウンロー自由なので
私のツワーの記念写真をダウンロードしてみた。何故か中央!
軍艦島

港が見えるファミレスで、ちょっと遅目の昼食を、ゆっくりと取り、その後、大浦天主堂、グラバー邸
などを散策し、文明堂総本店から家族へカステラを送る手配をし、避暑のためにホテルに戻り、
明日の計画など再考しながらこのブログを書いている。明日は雨の予報なので、ルートを内海より
に変更し(こうすると距離も若干短くなる)、ビジネスホテルも予約した。
※大浦天主堂。
DSCN3786.jpg
※カステラ一番・・・の文明堂総本店。
DSCN3788.jpg
※そして、通りがかりの果物店で茂木のびわを発見。5個400円。美味!
DSCN3790.jpg

さて、今日は皿うどんを食そう。昨日、美味しいチャンポンを教えてくれたホテルマンに、また教え
てもらったので、これも外れはあるまい。そして体力を回復させ、明日から2日間の悪天候予報に
挑もう!

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