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  10 ,2010

団塊世代・あらいぐまの自転車日本一周挑戦記


プロフィール

あらいぐま

Author:あらいぐま
団塊あらいぐまの自転車日本一周挑戦記。ただ今、世界へも足を伸ばし中。

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30

Category: 骨折騒動記’10.6.2~

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10月29日 全快宣言!
9月24日の診察で、「自転車再開OK!」の言葉は貰っていたのだが、
その際、最終チェックを10月29日に行うことになっていた。
で、今日がその日。いつものように受付を済ませ、先ず、レントゲン室
へ直行。2枚の撮影をしてから整形外科の待合いへ。
待つことしばし。呼ばれて診察室に入る。問題ないとは思っても少し
緊張して主治医の前に座る。

画像をチェックする主治医。そして・・・

「完全に付きましたね!もう大丈夫です!」
※これが最新の画像。接着部にしっかり骨が成長している。


思わず「ありがとうございます!」と。

やはり、骨は少々曲がったまま付いていた。で、「いつかレントゲンを撮っ
たとき、何か言われるかも知れませんが、問題ありませんから」とのだめ
押し。

思えばことの発端は6月2日の転倒事故だった。まもなく5カ月。その間、
山陰路を走るなどできたとは言え、仮釈放の身。短かったような長かった
ような・・・。
しかし、何の後遺症もなく復帰できたのは不幸中の幸いだった。これから
は事故には最大限の注意を払い、できれば無事故で、目標である日本一
周を達成したいものだ。
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Category: 山陰路’10.9.27~10.6

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山陰閑話(2) ちょっと異質な空腹感!
ランニングハイという現象がある。ある時間走り続けていると、その走りを止めたく
ない、ずっと走り続けていたい、走り続けられそう・・・という感覚に襲われるのだ。
それは自転車にもある。カラダはどんどん楽になり、どこまでもどこまでも・・・走って
いけるような至福の境地に至る。

山陰路を走りながら時折、そんなハイとは異なる異質な空腹感に襲われた。

空腹になると脚にチカラが入らなくなるので、私は、早め早めに食糧を放り込むこ
とにしている。もう十年以上も前の話しだが、冬のある日、サイクリングコースに出
た際、午前と午後で風向きが変わり、行きも帰りも向かい風ということがあった。
その時の帰路、猛烈な空腹感に襲われ、向かい風に立ち向かうチカラが出ず、カ
ラダはどんどん冷えてきて、冗談ではなく「死ぬのか?」という思いさえ脳裏をよぎ
った。なんとか温かいまんじゅうを売る店までたどり着き、2,3個をむさぼり食って
事なきを得たが、以来、食糧を十分に携行することを必須としている。

山陰路のそれはこの空腹感と全く異なる。チカラが失われる空腹ではなく、全身の
細胞が「さあ、これから走るからエネルギーをくれよ!」と要求する空腹なのだ。
よい意味の「腹が減っては戦はできぬ」という比喩が当たっているかも知れない。
とにかくいい気分なのだ。細胞が武者震いしているのが分かるのだ。胃袋がカラ
ではないのでスポーツドリンクをちょっと口に含み、ウイダーをちょっぴり流し込んで
やればそれでOK!脚は思わぬパワーを発揮してくれたのだ。

こんな感覚は初めてのことだった。天候も、道路も、景色も、全てよい感じだった
山陰路だから起きた現象なのかも知れない。ライディングハイの変形かも知れな
い。しかし、走るための動物になったかのようなあの生々しい感覚は忘れられな
いし、忘れたくない。これも山陰路の素敵な思い出のひとつである。

※CVSの脇で腹を空かせていたらしい子猫。おにぎりの鮭を投げてあげたのだが
なかなか見つけられない。鼻が悪いのか、野性を失っているのか?


09

Category: 山陰路’10.9.27~10.6

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山陰閑話(1) 光れ!光るんだ!
山陰路を走ろうと決め、ルートを検索しながら感じたことはトンネルが多いということ
だった。自転車にとってトンネルは恐怖だ(と私は思っている)。陽光降り注ぐ環境
から真っ暗と思えるトンネル内に侵入するだけでも怖いのだが、さらに怖いのは後
方からの車両だ。ゴーッという音が聞こえると身がすくむ。

ここを安全に走るにはどうしたらよいのか?

私が出した結論は「目立つこと。そして、後方の車両に私の存在を感知させ、避け
てパスして貰うことに尽きる」だった。町中ではちょっぴり恥ずかしいかも知れない
が、安全には替えられない。だから、ウエアもちょっぴり派手目なものを着用してい
る。そしてトンネル対策としてさらにこんなモノを用意した。
※これが私のトンネル対策グッズ。


●まず、前照灯は2台用意した。1台はハンドルに装着し、2代目は前輪フォーク
の下部に装着した。決して強力なライトではないので前照灯としての機能を十分
に発揮してくれたとは言い難いが、前方から来る車両に存在を知らせるには十分
だったと思うし、トンネル内で照明が切れている時などには効果を発揮してくれた。
●下の2本のベルトは反射板付きのすそ巻ベルトだ。100円均一ショップで2本
100円で購入した。そして、この1本は足首に、もう1本は右上腕に巻き付けた。
トンネル内ではなるべくペダルを回し、この反射板が常にいるように心がけた。
そのほうが後方車両からの視認性が高いと考えたからだ。
●さらに、リアバッグの後部にも反射板を何枚か縫いつけておいた。
●また、ヘルメット後部にも反射テープを貼り付けておいた。
これが私の「光れ!」作戦の全貌である。

山陰路のトンネルの数は多かった。しかし長いものは少なく、照明も十分に設置さ
れていたと記憶している。そんな環境のせいもあってか、トンネル内で恐怖を覚え
た記憶はないと言って良い。交通量が少なかったこともあったかも知れないが、
多くの車両は対向車線にまではみ出し、私を大きく追い越して行ってくれたよう
な気がする。
大きな追い越しはトンネル内ばかりではなかった。幅広いとは言えない国道、県道
が多い山陰路だが、どこでも大きく追い越してくれたという印象が強い。全般的に
車両が少ないせいもあるかと思うが、私は、山陰の運転手は気持ちが優しいのだ
と理解したい。あるいはそれはホスピタリティという言葉に置き換えられるかも知れ
ない。出会った人々の多くが気さくな、話し好きだったもの・・・。が、それは別の機
会に触れたいと思う。

05

Category: 山陰路’10.9.27~10.6

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10月5日 宮津→敦賀(→川口)
早いもので今日は最終日だ。いつも、最終日にトラブっているので、今日は慎重
に走ろうと決心してスタート。予想距離は125キロなので7時に宿を出た。天候
は曇り。日中は晴れるが夕方から雨かも・・という予報。なに、4時までにはゴール
インするから大丈夫!(できるのか?)
※今日のコース。


朝食は無かったので、まず最初のコンビニを目指す。ここでおにぎりとゼリー食
品、水を買い込み、おにぎり1個と熱いコーヒーを1杯。気力充実し、いざ、本
格的にスタート!程なく道路右手に美しい像が。何か?と自転車を止めて眺めれ
ば何と、安寿と厨子王の像だ。森鴎外の「山椒大夫」に出てくる人物だが、どう
やらこの辺り(丹後由良湊)が舞台であるらしい。
※安寿と厨子王の像。安寿恋しやほうやれほ、敦賀恋しや、ほうやれほ。


遂に、敦賀の標識が出てきた。国道をまっすぐに行けば87キロだという。だ
が、国道はなるべく走らない方針。まだ、100キロはあるはず。ゴールが近づ
いたなという安堵の気持ちと、あと100キロで終わってしまうのかという残念
な気持ちが交錯する。いずれにせよ、無事故で!
※こんな看板に一喜一憂する。


さて、道路は舞鶴に入る。標識を見たとたん、♪母は来ました、今日も来た・・
という歌が口をついて出てきたのには苦笑してしまった。しかも・・・
はああはは きましひひた きょうううもう きひひた・・・と、あの人と
同じ歌!隠せないものですね、年齢って!
※舞鶴には赤煉瓦建造物も多い。写真は市政記念館。


※海上自衛隊の基地が近く、多くの船舶も見える。尖閣列島を頼むぞ!


さて、今日は基本的に国道27号線をいくのだが、先輩達のアドバイスは「車
多し、危険。できればバイパスを!」だ。2車線になればかなりのスピードで
飛ばすし・・・。で、27号線を避けたい避けたいとコースを選んでいたところ、
何と自転車道を発見した。しかもその名前は「若狭自転車道」。これは期待
できそう。地図をじっと眺め直せば、確かにその名前が読み取れる。偶然、そ
の地点で出逢った方に訊いてみると、小浜まで行き、その後は寺院巡りの道路
になるのだという。よし、小浜市内まで、と走り始めればこれが大正解!若狭
湾の素晴らしい景色を堪能できる素晴らしい道だった。
※自転車道からの眺め。素晴らしかった。


小浜市には11時に着いた。そろそろお腹も空いてきた。で、フィッシャマンズワ
ーフという施設を発見し昼食を取ることに。これがまた大正解で、店売りのもの
を店内で食べられるシステム。発見したカニ肉たっぷりの「カニ弁当」800円を
食す。美味しかった!!写真は取り忘れた!!

さて私は小浜市で27号線と別れ、海沿いの道を行く。アップダウンはあるが、
それほどきついものではなく、順調に距離を稼ぐ。青戸大橋からは富士山と間違
われそうな山を見たり、迷い込んだ町では懐かしい看板を見た。
※青戸大橋からの眺め。一見、富士山でしょ!


※まだ、このビールは現役なんだけど、見かけなくなったな~!


そしていよいよ三方五湖に出た。交差点に1軒の出店があったので「柿はあり
ますか?」と訊くと「いいえ!」だった。しかし、店頭の梨が美味しそうだっ
たので2個を購入し、1個はその場で食べさせてもらうことに。この価格200
円也。その梨は20世紀系だったが、甘さもほどよく、また、食感が豊水似で美
味しかった。そんな話をしながら、三方五湖を巡る道路は厳しいかと尋ねると
「あれは山よ!」とのご託宣。根性を無くしている私は即座に五湖手前を行く
ルートを選択した。そしてこれがまた正解。27導線を避けつつ走る広域農道は
車も少なく、快適に走れた。

そして最後の選択の時は来た。27号線で一直線に敦賀へ向かうか、ちょっと大
回りをし、気比松原から敦賀に入るか?三方五湖をパスし、ちょっと後ろめたい
気持ちがあった私は大回りルートを選んだ。その約12キロの大回りルートを私は
じっくりと噛みしめるように走った。小倉をスタートして8日間。絶対に無事故で
ゴールしたい。そして残された数キロの走りを堪能しよう!そう思って走った。
こんな気持ちで走れば上り坂も楽しい!下り坂はもっと楽しい。っつよい向かい
風だってへっちゃら!ペダルを踏みしめて走った。そして、遂にその時はやって
きた!気比松原だ!午後3時、遂に着いた!気分的にはこれで今回の旅は完結。
後はゆっくりと敦賀を楽しみたい。
※気比松原。スケールは天橋立に及ばないが、雰囲気はひけを取らない。


松原に面した海岸で私は靴を脱ぎ、今回の旅で初めてかもしれない日本海の
海に足を浸してみた。水は意外と温かく、ようやってきた、と迎えてくれた
ような気がした。
※足を浸すの図。


松原で事件があった。梨が食べたくなった私は梨を取り出し、ナイフで剥き始め
た。半分ほど剥き上がった時、サッという風音とともに何者かが私の前を通り過
ぎた。思わず剥いていた梨を落とした。そして過ぎ去ったものを見れば、鷲?で
はないか!?その鳥は私の梨を狙ったらしい。しっかりと爪痕が残っていた。
※これが爪痕。後で犯人(鳥)はトンビと分かった。


いろんなことがあった8日間だった。しかし、雨は半日だけで済み、全体的
には幸運に恵まれた8日間だった。目的地と設定した敦賀駅に着き、これで
山陰路の旅は終わった。ちょっぴり予定変更はあったが無事に完走できて本
当によかった。
※敦賀駅を背景に記念撮影。


その後、ヤマト運輸で自転車を送る手配をし(何と1700円!)、タクシーでス
ーパー銭湯へ行き、シッカリ汗を落とし疲れを癒す。一人で乾杯したビールの
味は格別だった。約4時間後には深夜バスの中の人となる。目覚めれば新宿駅前
のはずだ。

皆さま、応援メールやブログへのコメントをありがとうございました。お陰で、
一人で走っているという感じがしませんでした。背を押されると言いますが、ま
さにその感覚を味わいながら走りました。幸せでした。
日本一周への挑戦。おそらく年内はもうできません。他の課題を全うし、また次
の機会を探します。その時はまた、読んでください。応援してください。今回は
本当にありがとうございました。
本日の走行距離 133.5キロ
   走行時間 6時間54分
   平均速度19.3キロ  

PS:その後、0:25発の東京DL行き深夜バスに乗り、10月6日6:30、無事に
新宿駅に到着しました。そろそろ混み始めたJRを乗り継ぎ、7:30過ぎに帰宅。
シャワーでさっぱりとし、美味しいモーニングコーヒーでひと息。こうして山陰の旅
は終わりました。今回の全走行距離は887.22キロになりました。パンクもマシン
トラブルもなかったのも幸運でした。

04

Category: 山陰路’10.9.27~10.6

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10月4日 竹野海岸休暇村→出石→宮津
サイクリングの朝は早い。が、今朝だけはちょっと遅かった。理由はふたつある。
ひとつは今日の走行予定距離が90キロと短いこと。そしてもう一つは休暇村の
朝食バイキングがとても旨いこと。バイキング開始は7:15。少し前から会場入り
口に待機し、時間と共に入室。和食の朝食をいただき、食後にコーヒーを1杯い
ただき、胃袋を満足させて出発準備。ボトルに氷入に水をいただき、記念写真を
撮り、ペダルに足をかけたのは8:15だった。
※今日のコース。


今日の目的地は宮津だ。当初、丹後半島を回ろうと考えていた。が、但馬の小京
都といわれる豊岡市出石町に撮影しておきたい対象が見つかったので、山中のル
ートを選ぶことになった。そして、昨日の経験から、城崎温泉までも海岸線を行
かず、山中ルートを取ることにした。待ち受けるのは「鋳物師戻峠(いもじもど
し峠」だ。乗り切れるか?
※ちょっと読めない名前の峠。標高248m。


峠を下ると城崎温泉だ。城崎文芸館という施設があったので立ち寄り、城崎温泉
と志賀直哉は白樺派の文人たちとの関係をうかがった。そそいて思わぬ事実を知
った。それは、志賀直哉がここにやってきたのは、都内で電車にはねられ、その
治療のためにここに来たのだということだった。そして彼をしたう白樺派の面々
もここに来るようになったのだという。スタートは思わぬ小さな出来事・・そんな
歴史の1断面を見たような気がする。
※城崎文学館の外観。


城崎は温泉である。湧き出る源泉や足湯もあるが、ユニークなのはこの下駄奉納
だろう。この地の旅館が客用に提供していた下駄を奉納するものだが、なかなか
の美と思うのは私だけではないだろう。
※城崎温泉駅前にある下駄奉納。針供養に通ずる精神の顕れだ。


城崎温泉を出て一路、豊岡市へ向かう。出石川に沿ったリバーサイドラインを
軽快に走る。が、雨が降ってきた。仕方なくレインコートの上だけを着込んだ。
そして走りながら豊岡市はこうのとりの復活を目指していることを思い出した。
で、急遽、こうのとりの郷公園を訪問することにした。月曜日は休みだと地図
には書いてあるが、どこかできっと、こうのとりに逢えると信じて。そしてラ
ッキーなことに、公園近くの田んぼで2羽のこうのとりに逢うことができた。
※道路ちかくにいたのだがカメラを準備する間に電柱へ移ってしまった。
見えるだろうか?


そしていよいよ出石町へ向かう。山間のルートを選んだため、ちょっぴり
苦労をしたが11時には出石町に入った。まず目指したのは「桂」というそ
ばやさん。名物の皿そばを昼食にしようと決めていたからだ。「桂」はす
ぐに見つかった。そして皿そばは美味しかった。普通盛りで5枚。私はそれ
に3枚を追加した。
※これは5皿目。全部が並んでいる時に撮ればよかったのだが・・。


出石町での用事をすませ、いよいよルートは山中に入る。峠の存在を覚悟
する。が、平坦なみちが多く、なかなか峠に出逢わない。その間に珍しい
ものに出逢った。日本・モンゴル民族博物館だ。なぜ、ここに?疑問は解
決しなかったが、入り口に設置されたチンギス・カンの像は非常に朝青龍
に似ていた(ように思った)。


そして程なく「天橋立」へ10キロの看板。今日の走りはまもなく終わる。
そそて明日にはこの旅も終わる。ちょっぴりセンチになって走る天橋立。
2.6キロの松並木はとても気持ちよかったが、日本三景のひとつとしては
どうだろうか?


天橋立は海の一方から突き出た砂州だ。砂州が陸に近い部分に橋を渡し、
現在のように人が行き来できるようになったらしい。その証となる出来事
に出くわした。何と、私が橋に差し掛かったところで通行禁止の声がかか
った。なぜ?訊いてみれば、この橋は90度回転し、空いたスペースを船が
行き来するのだという。待つことしばし、橋が回転してできたスペースを
土を積んだ船が2隻通過していった。
※1日に30回くらいは回転するらしい。


こうして10月4日の旅は終わった。昨晩は2度も露天風呂に浸かり、しっかり
疲れは取ったつもりだったが、やはり疲れは残っている。一晩では取りきれな
いのだということがよく分かった。世界最高峰の自転車レース・ツール・ド・
フランスのさえ休養日はある。そろそろ私にも休息が必要だ。今回の旅は延べ
10日間の旅だが、これくらいがちょうどよいのかも知れない。明日、敦賀ま
で走ったら、また深夜バスの人となる。いつも、何かが起こる最終日。何事も
なく終えたい。
本日の走行距離 100.95キロ
   走行時間 5時間28分
   平均速度 18.5キロ 

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