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  04 ,2011

団塊世代・あらいぐまの自転車日本一周挑戦記


プロフィール

あらいぐま

Author:あらいぐま
団塊あらいぐまの自転車日本一周挑戦記。ただ今、世界へも足を伸ばし中。

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Category: サイクル日記

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自転車道、無惨!
去る4月28日、取材のために千葉県旭市に行く機会を得た。旭市は今回の東日本大震災で大きな被害を受けた地域だ。被災地はその後どうなっているのか?それを見るために取材前に海岸まで車を走らせてみた。
都心から高速道路経由で現地を目指し、国道30号線九十九里ビーチラインを走ったが被災の様子は全然見えない。確か、多くの犠牲者が出ているはずなのに…車を止め、ある店で尋ねてみると「いや、この道路が川のようになった。住民が片づけたので、ここまで復旧したんだよ」「酷かったのはもっと北の方だよ」という返事に背を押され、車をさらに北へと走らせて見た。
すると「太平洋岸自転車道」という看板が目に入った。そうだ、昨年1月、自転車による日本一周をスタートさせた時に初めてその存在を知り、そのスケールに感動した自転車道だ!最も海岸沿いを走る道路はいったいどのようになっているのだろうか?海の方向に注意しながらしばらく走っていると大きなコンクリートの塊が道路を封鎖するように放置されているところに出くわした。いったいこれは何なのだ?車を降りてやっと状況が理解できた。あの塊は自転車専用道の橋だった!
つまりこういうことだ。海岸を襲った津波は注ぎこむ川に沿って上流へと流れる。その段階で自転車道の橋を持ち上げ、隣接して走るビーチラインの橋の上に持ち上げた橋を放置したというわけだ。恐ろしい力だ。
※これが現在の状況の航空写真(GoogleMapより)。黒いラインが自転車道の橋があったところ。その上部に押し上げられた橋が放置されているのが見える。
橋
※その状況を自転車道からみたところ。自転車道はすっぽりなくなっている。
PICT0007.jpg
※これが押し上げられ放置された橋。すさまじい力だ。
PICT0010.jpg
※自転車専用道を示す標識も押しつぶされ…。
PICT0017.jpg
左に海を見て走る。これが私のコンセプトだ。津波を考えるとそれはとても危険なことであることがよく分かった。しかし、川の部分以外では自転車道は見事に防波堤の役割を果たし、津波の来襲を防いでもいる。”想定外”の高さの津波に対してどこまでできるかは不明だが、一定の役割は十分に果たせることは証明した。

思い起こせば各地で自転車専用道を走った。どこも安全で、気持ちの良い道だった。そのどこかは今回の地震で壊れているかも知れない。少なくとも橋は、ここと同じような被害を受けているかも知れない。何時の日か、それを確認しつついつか走ったあの道をもう一度走ってみたい…壊れた橋のたもとに立って、そう思った。

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Category: 四国一周'11.12.19~27

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四国一周のはずが徳島観光に!その1
4月9~10日

9日夜、21:00に東京駅八重洲口を出発したバスは定刻である10日6:30に徳島駅に着いた。さすがにちょっと肌寒いが天気は快晴。楽しい走りを予感しながら、サンクスの脇で自転車を組み立て、サンクスのトイレをお借りして着替え、水やチョコなどを購入し、歩行者に記念写真を依頼し、7:30に徳島駅をスタートした。
※徳島駅をバックに、意気揚々のあらいぐま。
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ルートは実にシンプル。駅を左へ向かい、2つ目の大きな信号を右へ曲がるだけ。そこが55号線で本日の目的地尾崎海岸までは1本道である。最初の信号で止まった折、周囲を見回すとお堀の石垣と桜が目に入った。徳島城(本丸はない)だった。時間に余裕があったので城内へ行ってみることにする。と、満開の桜が迎えてくれた。はらはらとはなびらが風に舞い、得も言われぬ風情。花の下にはブルーシートが敷かれ、花見の宴の開催を待っていた。
※徳島城跡の桜。はらはらと、桜散ります、はらはらと♪
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55号線は日曜のせいか行き交う車も多くなく、走りやすい。標識は「室戸」方向だけを確認すればよいし、道路脇には55号線の起点からの距離と室戸までの距離を示す標識が1キロ毎に立っている。風も左からまたは左後方からとサイクリストにとって嬉しい方角。天候といい道路といい、けちの付けようがない環境の中を走る。ちょっとカラダが重いようにも感じたが、坂道で踏ん張っているうちにリズムが良くなってきた。
※この標識を見ながら走る。1キロ毎では道を迷う暇もない。
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※途中、こんな看板を発見した。なんと、室戸がMurtoになっている。
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道の駅公方の郷なかがわに立ち寄る。トイレを済ませ物産館に行くと地元の産品がずらっと並んでいた。どれも安い!文旦3個(200円)、きゅうり3本(100円)と太巻き(280円)を求め、11:00、道路脇の小さなパーキングエリアで食べた。素朴な味でどれもが美味しかった!

11:30再スタート。ほどなく22番札所薬王寺に着いた。ここも桜が満開だった。多くの遍路に混じって参拝。旅の無事を祈願したのだが、その30分後に全く想定外の事態が訪れようとは…。
※桜満開の薬王寺。
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薬王寺を過ぎて程なく、55号線と別れ147号線に入る。そこは南阿波サンラインという海辺のルートなのだ。地図によれば最初のトンネルをくぐると海辺に出るが、そこまでは山中を進む。所々に満開の山桜が姿を見せ、のどかないい雰囲気。そんな時、急に気分が悪くなり、自転車を降りた。めまいもする。どうしたのか?どうなるのか?心配になった。と、その時、バイクがやってきたので異状を訴え、救急車を呼んでくれと頼んだ。彼と何を話したのか、ほとんど記憶がない。そして、やってきた救急隊委員にそう話したことが後の処置に大きく影響したのだった。

救急車はほどなくやって来て、私は車中の人となった。いろいろと話しかけられ、脈や体温を測り、心電計も着けられた。他の隊員は受け入れの病院を探し、「近くの病院がだめなので、徳島日赤まで行きます」と言う。距離感がない私は「はい」と返事するしかない。そして走ること約40分。55号線を逆走し、小松島市内の日赤病院に搬送されてしまった。自転車は地元の警察が預かってくれると言うことだった。

病院では担当の医師と看護婦が待っていた。検温、心電図、胸部レントゲン…そして問診。結果は「熱中症の初期段階だったのだろう」と言うことだった。が、医師は「めまい」と「記憶がない」に鋭く反応し、「安全を考え、1,2日入院して経過観察しよう」と言う。「問題がないなら先を急ぎたい」と訴えると「明日も暑い日が予想されるし、医師として走行を認めることはできない」と断言されてしまった。カラダには点滴の管が着けられ、ポータブルの心電計が取り付けられるのを見て私も観念した。「分かりました。自転車は中止し、明日帰京します」と返事し、私の今回のチャレンジは終わることとなった。
※病室のベッド。手前の機器は点滴用。これを付けた時に戦意は消えた。
P4110981.jpg
〈続く〉

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Category: 四国一周'11.12.19~27

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四国一周のはずが徳島観光に!その2
4月10~11日

平成18年に新築されたというこの病院は美しく清潔、快適だった。若い看護師は皆、愛想がよく、てきぱきと働いていた。私はと言えば、管が着いているという理由でシャワーも認められず、パジャマもなくベッドに横になっていた。持参のPCでこの状況をレポートすることだけが息抜きだった。しかし、夕食はうまく、疲れていたせいかよく眠れた。

翌朝7:30。最終の心電確認があり、異常なしということで退院を許された。会計を済ませ、シャワーを浴び、退院したのは10:30過ぎだった。そしてここから24:30発の深夜バスまで、長~い一日が始まった。

先ず、鉄道を利用して徳島市へ戻り、レンタカー会社へ直行した。車を借り、自転車を受け取りに行くためだ。前日、自転車で走り、救急車で戻ってきた道をまた車で走る…奇妙な感覚だ。そして、旅の安全を祈願した薬王寺のほぼ向かいにある駐在所で自転車を受け取る。なぜ、この場所で?と、ちょっと皮肉を感じながら…。空腹を覚えたので警察官にオススメを尋ねると「ひあさ屋」という阿波尾鶏(徳島の地鶏)の店を教えてくれた。鶏の唐揚げをおろしでいただいたが旨かった。
※この定食は旨かった。料金980円は安い!
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自転車に傷はなかった。ということは転倒などはしていないようだ。カラダにも外傷はないし…と少し安心しつつ徳島市内のヤマト運輸へ。ここから自転車を送り返すのだ。サイクル宅急便という制度を使うと格安で自転車を送れる。レンタカーの返却まで少々時間があったので市内をドライブしてみた。道は狭く、一方通行も多く、走りやすい街とは言い難いが、古い風情のある家並みもあり、歴史を感じさせる街ではあった。
そろそろ6時。空腹を覚えたのでレンタカー会社の担当に奨められた駅前の徳島ラーメン「麺王」へ。餃子5個と半ライスを付けて780円は安い。見た目はどす黒いタレは意外にあっさりで旨かった。その足でドトールへ。ここではPCを拡げ、ネット仲間たちに事件を報告。皆が心配してくれているのが嬉しかった。その後、土産を求めに駅地下へ行き、あわおどり会館へ。ここでは8時から有名な連が出演し、本場の阿波踊りを見せてくれるという。月曜日なので客は少ないだろうと予想していたが見事に外れ、大にぎわい。加えて台湾から現地の人気タレントらが取材に来ており、イタリア人も居て大いに盛り上がった。そして阿波踊りは色っぽくてとても良かった。
※あわおどり会館dの一コマ。単純だが美しい踊りだと思った。
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公演がはねたのは午後9時。バスの発車まであと3時間半。そこで友人に紹介されていたバーへ向かった。雑居ビルの3階にあるその店はマスターが音楽好きであることが一目でわかる店だった。壁には数本のギターが掛けられ、それが装飾でないことは後に客がそれで演奏していることで分かった。マスターはある有名歌手に変装して歌ってくれたが、それはとても味わいあるいい歌だった。四方山話で3時間がアッという間に過ぎた。そしてタクシーを捕まえバス発着地へ向かった。
※そのバーには陽水が遊びに来ていた。
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程なくバスはやってきた。ほどよく酔っていた私はすぐに夢の中の人となった。最初の休憩地はトイレに行くこともなく通過した。午前8時8分、車内の何人かの携帯が緊急地震速報のビュオンビュオンビュオンという着信音を発した時には、また関東に戻って来たことを実感し、ちょっぴり緊張した。そして午前10時少し前に東京駅八重洲口に到着。京浜東北線に乗り換えて帰宅した。

こうして四国チャレンジは不如意のまま終わった。サイクルメーターには全走行距離60.98km。平均速度20.1kmの数字がむなしく残されている。リベンジは必ず行うから…メーターと自分自身に言い聞かせている。

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Category: 四国一周'11.12.19~27

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四国が俺を呼んでいる!
3.11東日本大震災の影響で、3月中に計画していた四国ツアーを中止した。4月には短い海外旅行も計画していたのだがこれも止めた。その間、被災地を2度訪問し、惨状を見、現地の方々と話しをし、震災を自分なりに整理した。地震と津波は恐らく決着を見た。が、原発事故の今後は予断を許さない。家族を失い、住む場所を失った被災者は当然だが、原発に関われば日本国民の全て、いや世界が被害者になりつつある。解決にはマクロな視点が必須だ。膨大な費用と時間が必要になる。被災者のためには急ぎたいが、じっくりと世界が幸せになれる解答を見つけたい。

そんな毎日にちょっとサヨナラをして、自分自身を解放してあげたくなった。できる人はできることとやらなければ、日本全体が沈んでしまう。で、念願の四国を目指すことにした。カレンダーの中からなんとか9日間をこじ開け、9日の夜行バスで出発する。徳島に上陸し、徳島から帰るというまさに一周コース。その行程はこんな具合になった。
1日目:徳島~尾崎海岸

2日目:尾崎海岸~後免~鉄道経由~四万十

以前、後免から四万十までは走っているので、今回、その区間は鉄道を利用することに決めた。ここで時間を節約することで8日間での一周が可能になった。
3日目:四万十~宿毛

どうしても足摺岬の突端にまで行きたいので、ここは忠実に海岸線を走ろうと思う。
4日目:宿毛~八幡浜

途中、卯之町というところでZ-1(ぞうきん掛けレース)にチャレンジ?
5日目:八幡浜~松山~今治

残念だが道後温泉はパスし、世界を自転車で走っている夫婦の住む今治まで走る。彼らのエネルギーを摂取!
6日目:今治~琴平~坂出

やはり金毘羅さんは見ておきたい。
7日目:坂出~高松~徳島

高松をパスするのは辛いが・・・。せめて「うどん」は食べてくるぞ!

今回の相棒はGIANTのロードだ。25ミリタイヤはちょっと重いが、耐久性は増したはずなのでその効果を実感したい。気になる天候だが、今のところ雨マークは見えない。晴れれば暑いくらいの陽気になるのではないかと予想する。
明日は最終準備に入る。忘れものをして後悔したくないからね!

「早く来いよ!」四国が俺を呼ぶ声がきこえる・・・・。