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  05 ,2012

団塊世代・あらいぐまの自転車日本一周挑戦記


プロフィール

あらいぐま

Author:あらいぐま
団塊あらいぐまの自転車日本一周挑戦記。ただ今、世界へも足を伸ばし中。

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Category: チェコ&ドイツ彷徨 '12.5.26~6.7

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120530 チェスキー・クロムロフ→ミレヴスコ von CeskyKrumlov nach Milevsko


さて、モルダウに沿って走ると決めたが、川沿いに自転車道がある訳ではない。そのために、
なるべくモルダウに近いルートを走ることに決めた。それは105号線だ。モルダウと離れた
り近づいたりを繰り返しながらプラハへ向かうルートだ。幹線道路は交通量が激しく、敬遠し
たほうがよいとアドバイスを受けていたが、105号線という3桁の番号の道路ならば交通量
も大したことはないのではないか?そう推測したのだが、それは正しい推理だった。しかし、
少ないとは言え、あるいは少ないからか車は時速70キロ以上で追い越して行く。しかし、な
ぜか怖さを感じない。それは道路には2メートルほどの側道があり、その端は草むらになって
いて、何かがあれば身を投げ出せばいい構造だからだ。側道に段差があったりガードレールが
あるが自転車は逃げ場を失う。ボヘミアの大地に身を投げ出すという対策は悪くない。
※こんな道路を走る。Die Strasse, darauf Ich Fahre.
DSCN4419.jpg
※広い測道のため怖さを感じない。
DSCN4384.jpg
※途中、Temelín原子力発電所を通り過ぎた。Atomkraftwerke in Temelin
DSCN4392.jpg
問題は天候だ。走るエリアの具体的な天気予報は得られなかったが、向かうプラハは雨。明日
も雨。どうしても士気は上がらない。で、チェスキーからプラハ約180キロの中間点ミレヴ
スコを目指して走ることに決めた。
早朝、モルダウのほとりを散歩し、8:00に朝食を取り、出発は8:50。古城に別れを告げ39号線
に入る。そしていきなりやってきた上り坂!こんな坂が続くのか、と不安が胸をよぎる。が、
自転車の旅5日目となると脚も大部できてきた。乗るコツがつかめてきた。そしてなんとか押す
こともなく道路に順応していった。
※朝日に輝く早朝のモルダウ。Moldau im Morgenschein.
DSCN4374.jpg
バドワイザーの故郷チェスケ・ブドヨヴィッチェは看板を眺めただけで通過し先を急いだ。結果
的にこれが正解だったようで、その後に訪れた雨の試練に余裕を持って対応できたように思う。
チェスケ・ブドヨヴィッチェを通過し、フルボカン・ヴルタヴと言う町に着いたのが11時過ぎ
だったので、ここで昼食にしようとカフェを探した。スーパーの店頭にいた女学生らしき3人に
「カフェはないか?」と訊くとチェコ語で「このまま真っ直ぐ進むとGSがあり、そこにカフェ
がある」というようなことを言ってくれた。で、その通りに進むとGSがあった。そこには自転
車に乗った老人がいた。「カフェはここか?」と訊くと「そうだ、そうだ」と言いつつ、私の自
転車のメーターを指し「どれくらい走ってきたのか?」と言うようなことを訊く。で、メーター
を取り外しで示すと、ちょっと残念な顔をし、自分のメーターを示す。そこには4466という
ような数字が示されており、それは合計走行距離だと思ったので、私のそれ(4800強)を
示すと、ちょっとがっかりしたような表情になり、手に数字を書いて「俺は72歳だ」という。
私が65を書くと、やっと、「どうだ、やるだろう」というような満足した表情になった。日本
語のウエアを着ていたので「ヤパン」とか言い、これだけが理解できた会話だったが、互いの
想像力でいいコミュニケーションが取れた。ボディランゲージは私の得意技になるかも知れない。
さて、彼をカフェに誘ったが彼は帰って行った。で、ひとりカフェに行き、女性のスタンドマン
に「コーヒーを飲みたい」と告げると彼女は自販機の前に案内してくれ、ドイツ語で15コロナ
を入れろと言う。15を5と10と表現したが、きっとチェコ語ではそう表現するのだろう。
さらにアイスクリームを求め、食べていると、空が急に暗くなり、土砂降りの雨になった。屋
根の下にいてラッキーだった。彼女も「よかったね」というような顔で笑っている。そして
待つこと5分、雨はすっかり上がり、晴れ間がのぞいたのを機に旅を再スタートさせた。
しかし、今日の天候はやっかいだった。その後、3回ほど雨宿りを余儀なくされた。長いもの
で20分。それくらい待てば好天はやってくるのだが、今日はそれが続かない。バス停を避難場
所と決めて耐えることとした。
※ボディランゲージで交歓したおじさん。Ein Man, sprach mit Bodylanguage
DSCN4398.jpg
※こんなバス停で雨宿り。Bushaltestelle, wo Ich vor Regen Schutz suchte.
DSCN4413.jpg
そして午後4時15分。目的地ミレヴスコに到着。空は晴れ上がり、まだ走れる体力もあったが、
これより先に大きな町がなく、明日、もし鉄道でプラハに向かうことになったときにかえって
不利になると考えここに宿を取ることにした。しかし警察で訪ねたインフォメーションは既に
閉店。途方に暮れながら出会った親子に「ペンションはないか?」と訊くと約50メートル先
を指さすではないか!行けばそこにはドイツ語ができる女性が!案内された屋根裏部屋もい
い雰囲気。朝食付で700クローネというので即決した。
ネットに接続し、明日のルートと高低を確認すると、今日に勝とも劣らない厳しさで約100
キロ。そして天気は雨の予報。鉄道を考えた方が良いだろうと、駅の場所を教えてもらい、
確認に行ってきた。そして、この町からプラハに行く最も早い便は12:15発でタボール乗り
換えと分かった。プラハ着は14:40。これなら次の行動に余裕が持てる。で、明日は電車で
の移動と決めた。ブログで話したyoshizoさんと明日、プラハで会おうと約束したので、こ
れは実現できそうだ。
本日の走行距離 87.8km
走行時間 4時間55分
平均速度 17.8km(最高速度 53.5km)
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12.5.29 モルダウに沿ってチェスキー・クロムロフまで der Moldau entlang nach Chesky Krumlov

ここ数日の走行体験から、チェコ全土を回る旅は止めて、モルダウを辿る旅に変更する
ことにした。じっくりとモルダウを楽しみ、プラハに戻り、その後は計画通り、モルダ
ウとエルベ沿いに走り、ベルリンへ行こうと思う。そして今日の目的地は古都チェスキ
ー・クロムロフだ。世界遺産の街はモルダウが街のど真ん中を流れる街でもある。
朝食が8:00からだったので、出発が9:20になった。昨日、親切にしてくれた受付のレン
カ(Lenka)ちゃんに礼を言って出発。どうやら私は彼女が話をした初めての日本人であ
るらしい。
※受付を一手に仕切っていたレンカちゃん。まだ高校を卒業したばかりだ。
Fraulein Lenka am Rezeption. gerade fertig mit der Hochschule.
DSCN4246.jpg
39号線は車も少なく、快適に走る。上の地図の高低図を見ていただけば分かるが、今日
は基本的に下り坂。目的地までの距離はおよそ90キロと計算した。
走り始めると間もなく、源流から流れ出したモルダウに出会う。道路とモルダウはほぼ沿
うように走っているので川の変化がよく分かる。源流はせせらぎになり、小川になり、時
には幅広い川となって下流へと流れる。急流あり、おだやかな流れあり、堰あり、橋あり・・・
それ自体がひとつの音楽だ。せせらぎを、川のうねりを、モルダウの一節と感じながら快
調に走る。至福の瞬間と言って過言ではない。
※しばしモルダウの景色をご覧いただこう。メロディが聞こえますか?
※Landschaften der Moldau. Konnen Sie Musik horen?
DSCN4259.jpg

DSCN4253.jpg

DSCN4263.jpg

DSCN4303.jpg

DSCN4365.jpg
ヴォラリーで昼食を取り走り始めると、にわかに空が真っ黒になり、やがて雨が降り出し
た。「来たな!」と覚悟を決め、雨宿りできそうな場所を求めて走る。と、道路端に木立
が密集しているのが見えたのでそこで停車。すると道路の反対側にバス停があり、カップ
ルが雨宿りしていた。顔を見合わせると「こっちに来い」というような身振り。遠慮なく
バス停にお邪魔するとドイツ人夫婦だった。ビュルツブルクというウルムから遠くない町
から来て、こちらで自転車休暇を取っているのだそうだ。ウルムでのコンサートの話、地
震と津波の話、自転車の話などしている内に雨も上がり、これからの好天を祈りあって別
れた。話の中で彼の甥が南ドイツで7日間780キロを走ったと聴いたが、全員が「信じられ
ない」とチェコだけではないヨーロッパ全体の道路の厳しさを確認しあった。私も走行距
離短縮を決めたがどうやら正解のようだ。
※ヴィレンとギゼラ夫妻。車はキャンプ場に置き走り回っているらしい。
Gisela und Willen aus Wurzburg
DSCN4306.jpg
さて、道路はモルダウと出会ったり別れたりを繰り返しながら下っていく。途中には3キロ
は続いたと思われる長い下り坂もあり、なかなか距離は稼げる。
が、雨にはさらに2回、悩まされた。とにかく突然降り始めと雨に対しては、どこかに逃
げ込むことしかできない。一度は女学生が5,6人たむろする大きなバス停だった。勇気
をだして「学生か」と尋ねると「うん」との答えだったが、その後、会話は全く弾まなか
った。2度目の雨は彼女らと別れた10分後にやってきた。町はずれで何もなく、とにかく
次のバス停まで!と必死に走り、びしょ濡れになる前になんとか逃げ込んだ。レインウエ
ア上下を着込み、スッパッツを装着し、万全の体制で雨上がりを待つことしばし、晴れ間
が見えてきたのをキッカケに全速力で再スタート。あと20キロの標識を頼りに飛ばしに飛
ばす。基本的に下りという地形にも助けられ、5時前に古都到着。今日だけは贅沢をしよう
とモルダウの脇のペンションに部屋を取り、モルダウを眺めながらこのブログを書いている。
シャワーを浴びてから市街地の散策に出たが、風情のあるいい街だ。閉口したのは中国人
観光客の多さ。街には中国語ばかりが飛び交い、ファインダーのなかも中国人ばかり。つい
シャッターが少なくなったのは仕方ない。明日はバドワイザーの本拠地を経由してプラハ方
向へ80~90キロを目安に走ろうと思う。
※私のホテルの近くを流れるモルダウ。 Moldau nah von meinem Hotel
DSCN4370.jpg
※リトミシュルで見たいと思っていたスグラフィット外壁をここで見られたのはラッキーだった。
Ein besonderes Mauerstyl, das man in Litomysl viel sehen kann. Aber hier gibt es viel.
DSCN4362.jpg
※凹凸がみえるが、実は平面を加工しているだけ。
Man sieht Unebenheit, aber das ist flache.
DSCN4363.jpg
本日の走行距離 92.18km
走行時間 5時間
平均速度 18.4km(最高速度 59km)

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12.5.28 スシーセ→クヴィルダ そしてモルダウ源流 von Susice nach Kvilda, und Moldauquelle

(この地図にはクヴィルダからモルダウ源流へのルートは入っていません。あまりに
細い道なので地図上に現れないのです)
※宿泊したスポーツホテルはシンプルで清潔なホテルだった。Hotel war sauber und schon.
DSCN4181.jpg
昨日はあと20数キロの地点で走るのを止めた訳だが、その決定が正しかったのか・・・
ずっと悩んでいた。そして今日、その判断の可否が分かる。
起床6:00。朝食7:00。支払いを済ませ、荷物をまとめ、出発したのは8:50頃だった。
まず向かったのは昨日目を付けておいた自転車店。やっているかな?と行ってみれば
午前9:30開店だという。いかにも700cチューブの置いてありそうな店だったので待つ
ことにする。9:25、店主がやってきた。事情を話し「700c×25mmのチューブはある
か?」と尋ねるとニッコリとして「あるよ!」と。安全を見て2本買ったが、1本が
100クローネ(約450円)と安かった。これで安心して走れる。
気分を良くして9:30、スシーセ出発。どんな道なのかとカスペルスケホリーへ向かえ
ば、ルートは川沿いのほぼ平坦路。昨日、もっと脚を伸ばすべきだったか?と思わせ
る快適ルートだった。
※川沿いの道は快適だった。Der Weg dem Fluss entlang war bequem.
DSCN4191.jpg
※キャンプ場では朝食をとっているらしき団体の姿が見えた。Leute nehmen Fruhstuck
auf dem Campingplatz.
DSCN4189.jpg
が、試練はここから始まった。169号線はここから山岳地帯に入り、地図の上でここ
には急坂マークが付いていることは知っていた。が、坂は想像をはるかに超え、この
6キロの走破(ほとんど押し上げだったが)に2時間を要した!
※ここから急坂が始まる。Hier beggint der starke Weg.
DSCN4193.jpg
※写真では起伏が分からない。Man werrde die Starke imPhoto nicht verstehen.
DSCN4195.jpg
昨日の疲れた体ではどうなったか?今日に延ばして正解と改めて思ったことだった。
急な坂道の後には適度なアップダウンが待っていた。が、ここで次の難敵が現れた。
雨だ。ザーッと急に降り始めたので大きな樹の下に非難し、防水の上下を着用する。
ヘルメットに当たる雨の音がいやに固いなと思ったら、それは雹(ひょう)だった。
焦った。どうなる?あらいぐま?しかし、雹は2,3分で止み、また、陽が差し始め
た。そして、レインウエアを着たまま走り、前日に予約したホテルに着いた。午後2時
前だった。約28キロを3時間半。これで坂道の程度が分かっていただけるだろうか?
※白い粒が雹なのだが、分かるだろうか? Der weisse Punkt ist Hagel!
DSCN4208.jpg
ホテルでは早い到着を喜んで迎えてくれた。すぐにチェックインし、軽食を済ませ、
いざ、モルダウ源流へと思ったら外は豪雨。諦めて部屋に戻り、ネットをチェック。
問題なく繋がったので少し日本事情を探索。と、外は明るくなり、出かけよと囁いて
いる。で、3:30、いよいよ念願のモルダウ探索に出発した。
数年前、コバケン(小林研一郎)のレクチャーコンサートで「モルダウ」の話を聞い
て以来、源流を訪ねることが夢のひとつになっていた。それが今、現実になる・・・
胸をふくらませつつ自転車を走らせた。重い荷物は部屋に置いてきたのでとても楽だ。
途中、雨で少々の雨宿りを余儀なくされたが、4:20源流到着。そこには人の姿はなく、
ひとり、せせらぎの音に耳を傾けることができた。水を含み、源流のシンボルである
女神の像と記念写真を撮り(セルフタイマーで)、「モルダウ」を口ずさみ、大満足
の探訪であった。そして、来た道とは違う道(これが正確な自転車道だった)を戻っ
てホテルへ。往復24キロの楽しいランだった。
※ここがモルダウ源流。セルフタイマーで記念写真を。
Dies ist die Moldauurquelle. von Selbstausloser photografiert.
DSCN4232.jpg
※地下水はこの池に集まり、流れ始める。 Aus diesem Teich begint die Moldau fliessen.
DSCN4231.jpg
※源流から1キロほど下ったところ。モルダウは小川になった。1 km von deu Quelle, Moldau
wird Bach.
DSCN4241.jpg
そして、シャワーを浴び、少しばかり洗濯をし、またまたグラーシュとビールの夕
食をとって、今、PCに向かっている。ゆっくりした行程を選んで正解だったと改
めて思っている。
本日の走行距離52.1km
走行時間 4時間12分
平均速度 12.4km(源流探訪はかなり速かったから、それがなければ10キロは切る)

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12.5.27 プルゼニ→スシーセ von Plzen nach Susise

今日の予定はスマーバ山脈の麓クヴィルダまで。基本的に上る道を約100キロだ。
余裕を持って走りたいと7:20に出発。当地で買い求めた24万分の1の自転車道マ
ップを見ながら、走りやすそうな、短そうなルートを選びつつ進む。
※青と黄色に塗り分けられたユース。ネット接続できれば文句ないのだが・・・。
Jugendherberge in Plxen.
DSCN4158.jpg
ルート上に大きな町や村はなく、景色はとても鄙びていた。ボヘミアの大地とは
これを指すのだな、とひとり納得。何枚かを写真で紹介するが、360度、見渡す
限りが同じような様相を呈しているこのスケールに圧倒される。
そして途中で、昨日も思ったボヘミアの大地のすごさを再認識することになる。
かって、竜飛岬への道、紀伊半島・・・すごい上り坂は幾多経験し、その都度、
走破してきた。が・・・ボヘミアの坂道は半端でない。ギヤを最も軽いものにセ
ットしても登り切れない!そして押し歩くこと約2キロ!完全に戦意を喪失させ
る起伏だった。
※ボヘミアの大地の模様を何枚かの写真で紹介しよう。
Wunderbare Landschafen von Bohemia.
DSCN4173.jpg
DSCN4162.jpg
DSCN4161.jpg
DSCN4168.jpg
DSCN4171.jpg
そして目的地クヴィルダまであと20数キロを残すスシーセで、カフェに入り、ア
イスコーヒーを飲みながら考えた。スシーセからクヴィルダへの公共交通機関が
あるならそれを利用しよう。もしタクシーが自転車と私を運んでくれるならそれ
に乗ろう。もし、全てがNGならば、予約はキャンセルしこの街に泊まろう。そ
して結局、スシーセに宿を取ることになった。
そして決めた。今回考えてきたプランは全面的に見直そうと。ボヘミアでは1日
100キロは絶対に無理だ。以下に日照時間が長いとは言え、これを続けてはカラ
ダが壊れる。なので、明日はクヴィルダまでの急坂だけを上り、モルダウの源流
を見る。翌日はチェスキークロムノフまで。そしてモルダウを辿ってプラハへ戻
り、そこから考えたプランに戻る。走行距離は格段に落ちるが、シッカリと周囲
を見回して、味わいのある旅にしようと思う。
そしてこのホテルがとても気に入った。ブルーを貴重としたインテリアもいい。
併設のレストランで「グラーシュ」と「ビール」を食し、今日は切ろう回復に努
めよう。
※素敵なインテリアが気に入った。
Das Zimmer in Blau gafallt mir.
DSCN4176.jpg
本日の走行距離77.77km
走行時間 5時間8分
平均速度 15.1km(最高速度 48.5km)

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12.5.26 プラハ→プルゼニ von Prag nach Plzen
まず最初にお詫びします。この日、無事にプルゼニに着いたのですがユースのネットに
どうしてもアクセスできず、最初のレポートが翌日になってしまいました。ご心配をお
かけして申し訳ありませんでした。さて、ここからが本文です。


いよいよ自転車の旅が始まった。今日帰国する仲間を見送り、午前8:30、クラウンプラ
ザホテルを出発。演奏旅行の数日間で右側通行にも慣れたはずだったが、やはり実際に
走ると違和感はある。まずはゆっくりとスタート。そして、タイヤの空気圧を十分にし
たいと、目を付けておいたショップに寄ってみたがまだ開店前でポンプの借用はできな
かった。で、携行しているポンプで思いっきり充填し再スタート。最初の目的地はスメ
タナ「わが祖国」の第1曲「ヴィシェフラード(高い城)だ。前日訪ねたプラハ城の脇
を通過し、ヴルタヴァ(モルダウ)川のほとりに出、川沿いにカレル橋に到着。通りが
かった女性ににシャッターを押してもらい出発の証とする。このあたり、ずっと石畳の
道だったが、これは眺めるにはよいが走るには辛い。タイヤ幅の狭いわたしの自転車は
ハンドルを取られそうになる。プラハばかりでなくヨーロッパでタイヤ幅の広い(ごつ
い)自転車ばかりを見かけたが、こんな道路事情がそうさせているのだろう。
※カレル橋とプラハ城をバックに・・・これから出発しますの儀。
DSCN4112.jpg
走っていると交差点で同じ方向に走るカップルと遭遇したので「一緒に走ってよいか?」
と聞くと「OK!」とのこと。付いていくと、さすがに地元の方だ。ある区間は道路を
降りて川沿いを走り、朝市の中を通過・・・と目も愉しませてくれた。そして「あれがビ
シェフラードだよ」と教えてくれた。ここで記念撮影を撮って別れた。身長差50センチ
はありそうだったが仲のよさそうなカップルだった。
※親切なカップルと一緒に。あとで写真を送ります。
DSCN4113.jpg
そして高い城に登る。サイクリストの目的地でもあるらしく多くのチャリダーと出会い
楽しい気分になる。が、私の目的はスメタナとドヴォルザークの墓に詣でること。有名
な墓なのだろう、地元の人らしき方に名前を告げればすぐに場所を教えてくれる。スメ
タナの墓には大きな献花が残り、ドヴォルザークの墓はアーケードの仲の誰もが入るこ
とのできないエリアの一角にあった。
※シンプルなスメタナの墓。しかし墓地最大の献花だった。
DSCN4118.jpg
※威厳ある表情のドボルザーク。
DSCN4121.jpg
時計を見れば10:30。ちょっとゆっくりし過ぎたかと目的ルートに戻る。605号線とい
う地方道を辿ればよいはずで、そのルートに入り、途中のパン屋さんで昼食用にハムと
野菜を挟んだパン2個を求め、出発。ある地図では自転車道があるように見えたが、そ
れらしきものはなく、地元サイクリストも地方道を走っているので私もそうした。
※こんな自転車道もあるのだが・・・
DSCN4127.jpg
が、部分的には自転車道もあり、そこはこんな素敵な道路。これが続いてくれれば嬉し
いのだが・・・と願いながら走っていいると、好事魔多し!いきなりパンクの洗礼に見舞
われた。急いでチューブ交換。走っていると寒いくらいなのでTシャツを1枚重ね着。
この所要時間20分。ずいぶん上達したものだ。(パンクはホステルに到着後修理した)
さて、605号線を走れば良いとは言うもののルートは1本ではない。標識もすっかりし
ているとは言えず、ルートの選択には迷う。しかし、慣れとは恐ろしいもので、徐々に
コツもつかめて来る。まず、このルートで正しいかどうかを訪ねる際、最終目的地でな
く、次の町へはこれでよいか?と尋ねる。それをひとつずつつぶしていくのだ。そして
道路脇の地名表示に注意する。町に入る際には必ず町名を示した看板があり、町を出る
際は町名に斜めの赤線が入った看板がある。これで町名が確認できる。このコツをつか
むのに数時間。もたもたとした走りだったが、こんなことが分かって走りやすさは増し
てきた。途中の町では祭りに遭遇。若い青年達からワインを振る舞われたので写真を1
枚。夕方6時には面白い出し物があるらしいが、それはできないので残念ながら彼らに
別れを告げた。
※笑ってばかりのこの少女(と言うには遅いか?)は学生だという。
DSCN4143.jpg
その後は目的地プルゼニまで一気に走る。が、このあれたりでボヘミアの大地のすご
さを思い知ることになった。確かにこの大地は美しく、それが戦禍で朽ちることを恐
れて全面降伏をした大統領がいたが、その心情はよく理解できた。しかし、私が走る
道路はと言えば、平坦路は少なく、つねにアップダウンしており、時折、とてつもな
い長い上りに出くわし、脚は容赦なく痛めつけられる。こんなに手強いとは・・・予想外
だった。
が、なんとか16:30、プルゼニの看板を通過。しかし、ホッとしたのは束の間で、こ
こから中心街、そしてホステルへの道が難解だった。道を尋ねるを親切に教えてくれ
るのだが、私に土地勘が全くない。ホステル周辺の拡大地図を理解してくれる地元民
も少なく、この数キロで時間を消費すること約2時間。最終的にはPOLICEの看板を発
見したので尋ねてみると、親切にGOOGLEでルート検索をしプリントアウトしたもの
をくれた。これによってスムーズにホステル到着。近くの店でビールと水と食糧を購
入し、シャワーを浴びてひとり乾杯!ネット接続を試みたが電波の種類が異なるらし
く、どうしても繋がらないので、諦めて記録だけ書き留め、就寝。疲れたのだろう、
良く眠れた。
本日の走行距離 112.09km
走行時間 6時間58分
平均速度 16.1km(最高速度 51.0km。いかに急な坂が多いかの証し)

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